第13話 ロティアナの変化。

 

 ーーーもうすぐ、始まるのね。


 ロティアナが、演説への緊張から、王宮のテラスがある部屋の中でこっそりと深呼吸をしていると。


「大丈夫か?」

「はい……申し訳ありません」


 リザルドに気づかれてしまい、恥ずかしさで顔を伏せる。


 淑女としてあるまじき振る舞い、と考えて。

 近くにいるクレッサの影武者が目に入り、彼女を思い出した。


 自由奔放で、口が悪くて、礼儀も礼節もまるでなってなくて。

 でも、真っ直ぐで苛烈で、毅然としていて。

 人を惹きつける魅力を持った女性。

 

 ーーー淑女として……?


 いつの間に、そんな価値観で物を考えるようになったのか。


 父の屋敷に連れられてからこっち、そんな一挙手一投足を縛られた世界が嫌で嫌で、仕方がなかった筈なのに。

 リザルドの隣に立つ為に、恥ずかしくないようにと努力はしたけれど。

 

 ーーー人目を気にして、自分を殺して。


 その結果得られたものは、何の権力もない、空虚な『聖女』の肩書きだけ。

 けれど。


 ーーー淑女として、では、ないわ。聖女として、でもない。


 ロティアナとして、だ。


 ただ一人のロティアナとして、今日は人前に立つ。


 淑女としての振る舞いも。

 聖女としての修練も。


 それは、自分の行動の軸、ではない。


 ロティアナとして、リザルドの為に。

 悲劇を終わらせたい、ただ一人のロティアナとして。


 それが、軸だ。

 自分という軸が一人で立つためには大切なのだと、クレッサが、毅然と立つその姿で教えてくれたのだから。


 横に並び立つなら、見習わなければ。


 聖女の力も、淑女の立ち振る舞いも、一人のロティアナとして立つ為の武器でしかない。

 でも、望まずとも身につけたその武器が、今、この瞬間に役に立つ。


 力のみを求められて、辛い修練に耐えたことも。

 陰で小馬鹿にされても、必死で身につけた礼儀礼節も。


 全て無駄ではなかった。


 ーーーきっと、今日この時の為に。


「リザルド様。わたくしは、わたくしにしか出来ない役目を与えて貰ったことに、感謝しております。そして、クレッサと出会えたことにも」


 ロティアナがそう告げると、リザルドは僅かに目を見開いた。


「……どうして、驚いておられるのですか?」

「いや。……人は、わずかの間でも変わるものなのだと思ってな」


 何故か寂しそうに自分の掌に目線を落としたリザルドは、ある時から少し暗い目をするようになった。

 ちょうど、教会のエラー枢機卿と面会をした辺りから。


「君から、目を離せないな」


 すぐに目を上げて、表情を和らげたリザルド様に、胸を高鳴らせながらも、ロティアナはふと思った。


 リザルドに、今まで支えて貰ってばかりだった。

 彼も、ロティアナとは比べものにならない重荷を背負っている筈なのに。


 でも彼は、そんな中で素振りも見せず、ただ優しくて。


 なのに、その瞳の影に気づけたのは。

 あるいはリザルドがそうした姿を見せてくれるようになったのは。


 ロティアナ自身も、成長できているのだろうか。

 少しは信頼してくれているのだと、考えても良いだろうか。


 もし、そうなら。


 ーーーなら、は。

 

「リザルド様を支える為に、弱いままでは、いられませんもの」


 そう告げて微笑みかけると、リザルドがまた驚いて目を丸くした。


「ロティアナ……」

「見ていてください。わたくしは、今日、この役割をやり遂げて、少しは頼りになるということを示します。……リザルド様に、何かお辛いことがあるのなら、わたくしが少しでも受け止められるように」

 

 胸に手を当てて、ロティアナは一呼吸置いた。

 

 勇気が必要だ。

 でも、言葉にして伝えなければいけない。


 自分から示さなければ、今までの、受け身のロティアナから変われないから。



「お慕いしております、リザルド様。出会った時からずっと」



「……!」

「変わるきっかけは、クレッサ様かもしれません。ですが、そこに至るまで、ずっと支え続けてくれたのは、リザルド様です。……ありがとうございます」


 一瞬、リザルドの瞳が揺れた。


「君は……本当に、変わったのだな」

「はい。今は頼りないかもしれないですが、いずれ、リザルド様がわたくしの前では無理する必要がなくなるように、なりますから」


 そこで、陛下がご入室され、会話が途切れる。

 やがて、兵士の号令が聞こえて、ロティアナたちは集まった民衆の前に、進み出た。

 

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