第12話 嵐の前に。
「やぁ、戻って来たな」
「ルルナ様!」
最前線に戻ったクレッサは、事前に流されていた噂話の効果によって、大歓声で迎え入れられた。
顔を薄いヴェールで隠し、大聖女ウルティミアとして民衆に振る舞った後。
後方の村にある将軍の屋敷に着くと、クレッサは馬車から飛び出して、彼女の胸に飛び込んだ。
将軍ルルナ。
アルテやリザルドの幼馴染みであり、最前線の指揮官を務める女傑である。
長身で日に焼けた引き締まった肉体を備え、黒髪を高く結い上げた彼女は、彫りの深い美貌の持ち主だけれど、顔の左こめかみから右頬に向けて傷跡が斜めに走っていた。
それは敵につけられた傷ではなく、自ら付けたものらしい。
アルテから聞いたが、彼女の父は現在引退しているものの、かつては王都で騎士団の総大将を務めていた人物だったのだそうだ。
苛烈で忠義に厚い人物であり、アルテが隣国に行っていた際には、護衛として付き従っていたのだという。
ルルナが騎士になることを志願した際に、『主君の為に、己を捨てる覚悟があるか』と問われて、女である自分を殺すために、顔に決して消えぬ傷を刻んだのだと。
彼女は、クレッサを抱き止めながら、アルテに目を向ける。
「順調に物事が運んだようで、何よりです。アルテ殿下」
「前線の様子は?」
「平和なものですよ。多少、不満は溜まっておりますが……|ウルティミア様(・・・・・・・)のご登場で、ガス抜きにはなったでしょう」
幼馴染みらしいのに、あくまでも丁寧な態度で接するルルナに、アルテは小さく頷いた。
「苦労を掛けた」
「敵地に単身乗り込んだ殿下ほどではありません。王都に比べれば何もない場所ですが、嵐の前は、どうぞごゆるりとお過ごし下さい」
どこか含みのある物言いに、アルテが苦笑する。
「兄上からの釘刺しかい?」
「さて、どうでしょう」
二人の顔を交互に見たクレッサは、首を傾げた。
「どういうこと?」
「アルテ殿下は、すぐに無茶をなさるからね。君と一緒だよ」
ポンポン、とルルナに頭を撫でられて、思わず顔をしかめる。
「この腹黒と、あたしを一緒にしないでくれる!?」
「腹黒」
ルルナはおうむ返しした後、チラリとアルテの顔を見た。
彼が肩を竦めると、ククッ、と喉を鳴らす。
「殿下が認めておられるようなので、不敬で君を斬り捨てるのは辞めておこう。腹黒ね……」
「クレッサはいずれ妻となる女性だ。僕は彼女の、このスパッとした感じが好きなんだよ」
「なるほど。仲が良さそうで何よりです」
再会の挨拶が落ち着くと、クレッサは改めてルルナに向き合う。
「ありがとうございます、ルルナ様。あたしを王都に行かせてくれたの、ルルナ様だったんでしょ?」
「おや、アルテ殿下。バラしてしまわれたのですか?」
「隠しておく必要がないからね」
ちょっと困ったような顔をする彼女に、アルテはあっさりと答える。
「聞いちゃダメだったんですか?」
「恩を売る為に、君のことを伝えた訳ではないからね。王国の為に、死なせるには惜しい人材だったからだ」
私はいい人ではないからね、と片頬を上げるルルナに、アルテが片眉を上げた。
「偽悪を気取ることはないだろう? 礼は素直に受け取っておく方が良いようだよ。何せその内、彼女は君の守るべき主の一人になるのだから」
「そうであれば、ますます恩義に感じていただいては困るのですよ、殿下。功ではなく情で駒を切れなくなれば、国が立ち行かなくなるでしょう」
「相変わらず頑固だな」
また、軽く肩をすくめたアルテは、クレッサに片目を閉じてみせる。
「しかし彼女の言う通り、休んでおこう。君にはまた、ウルティミアとして人々の前に立ってもらうと言う大仕事があるからね」
「そうね……」
クレッサは、まるで肌に合わなかったけれど、現実味のない王都での生活を思い出し、そちらの方向に目を向ける。
「そろそろ、王都でも始まる頃合いだものね……」
「ああ。もう少しだ」
ーーーしっかりやんなさいよ、ロティアナ。
クレッサは、同じくらい重要な役目を預かっている気弱な少女に、心の中で声援を送った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます