第11話 出立の日。
ーーー出立の朝。
クレッサがアルテと共に馬車の前で待っていると、リザルドとロティアナが見送りに来た。
その場にいる残りの人々のは、必要最低限の人々……御者と王族の護衛だけだ。
大聖女ウルティミアの復活発表と、大々的な見送りは|行われる(・・・・)が、それは今ではない。
クレッサ達が前線につき、こちらの準備が整ってからの話である。
影武者が立てられ、ロティアナによる復活の報と見送りが大々的に行われるのと同時に、前線でも同様の情報を流布して、クレッサが演説を行う。
そういう段取りだった。
奇跡の演出、とアルテは言った。
蘇ったウルティミアは、神の奇跡によって空を駆けるように瞬時に移動し、人々を導き、欺瞞の教会を打ち砕く、というシナリオだという。
クレッサは見送りに来たロティアナに対して、風に乱れる髪を掻き上げてから、ボソリと告げた。
「世話になったわ」
「わたくしは、何もしておりません」
「感謝くらい素直に受け取ったら?」
謙遜するロティアナに、思わず眉根を寄せる。
「実際、あんたが根気強く付き合ってくれたから、多少マシになったんだから」
先日の一件については、クレッサは内心のわだかまりは消えていない。
自分が楽になる為の告白でしかなく、こちらの気持ちなど何も考えていない、としか思えなかったからだ。
けれど、今の地位を失うかもしれない告白で、彼女なりの勇気を振り絞ったのだろうということは、分かる。
だから、その事で苛立ちをぶつけたりはしなかった。
割り切れないけれど、人なんてそんなものだ。
決死の人間が吐く吐露や感謝や怨嗟を、クレッサは偽物の聖女として聴き続けてきたのだから。
ロティアナもいずれ、こちら側に来る。
その時に、その気持ちに寄り添える聖女になるのだろうと思った。
折れなければ。
クレッサだって未熟だけれど、ロティアナだってそうなのだ。
人は成長する。
クレッサが、ロティアナのお陰で、ほんの少しだけでも礼儀だの美しい所作だのを学び、その重要性を知ったのと同様に。
「|聖女(・・)ロティアナ。お互いの成功と、またの再会を願って」
そう告げて、クレッサはカーテシーの姿勢を取った。
ゆっくりと顔を上げて、首を傾げる。
「どう?」
するとロティアナはクスリと笑い、小さく目を細めた。
「クレッサ様。カーテシーは、目上の方に対して行うものですよ。わたくしに対して取るのは間違っています」
「敬意を表されて、言うことがそれなの?」
「ええ。臣下の礼を取るのは、わたくしの方です」
と、ロティアナは見事なカーテシーを返して来た。
「クレッサ様。あるいは、大聖女ウルティミア様。お互いの成功と、またの再会を願って」
「大聖女、ね」
ふふ、とクレッサが笑うと、アルテが不思議そうな顔をした。
「おや。名を継ぐ覚悟が出来たのかな?」
その表情の理由は、これまで、クレッサがウルティミアと呼ばれるのを嫌がっていたのを、知っているからだろう。
「覚悟はとっくに出来てたわよ」
「でも、納得はしていなかっただろう?」
「……まぁ、そうね」
クレッサが笑みを浮かべてそう答えると、アルテが探るような目になる。
「どういう心境の変化があったのかな?」
「それより、出発しなくていいの? グズグズしてたら、誰かに見られるかもしれないわよ」
「ああ。では、兄上」
「武運を。私が着くまで、無茶はするな」
「勿論。ここまで来て失敗に終わるつもりはないからね」
兄弟の間で、何やらクレッサ達には分からない無言のやり取りが交わされた気がしたけれど、その違和感を問う前にアルテが馬車に上がり、手を差し出される。
「クレッサ」
「ええ」
繊細で滑らかな布地の聖女服は動きやすいが、スカート部分が長く柔らかく巻きつく。
手で裾を軽く上げながら、アルテの手を支えに馬車に乗り込んだ。
ロティアナ達に手を振りながら別れを告げると、正面に座ったアルテが読めない笑みを浮かべながら問いかけてくる。
「さて、クレッサ。何を企んでいるのか、聞かせて貰えるかな?」
「企むなんて、大袈裟なことは考えてないわ。吹っ切れただけよ……ロティアナの話を聞いて、少し考えたの」
アディルクレッサの話は、衝撃的だった。
けれど、あの話を聞いてクレッサは、改めて『人を救う』ことについて考えたのだ。
生きる者の悩みを。
死の淵から肉体を。
あるいは、死の間際に心を。
あるいは死後の魂を。
人が救われる形は、一つではない。
そして救い方も。
「アディルクレッサは、満足そうに死んだわ」
クレッサを守れたことを、彼女は喜んでいた。
抱え切れなかった想いを、クレッサに吐露したロティアナの姿は。
きっと、クレッサがアディルクレッサの死に深い悔恨を抱いた自分と、同じだった。
「あたしは、あの人の死に泣いたけれど。アディルクレッサの気持ちを考えたら、笑うべきだったんじゃないかしら」
ロティアナが、クレッサの気持ちを考えなかったように。
アディルクレッサがどういう気持ちで死んだのかを、クレッサも考えたことはなかった。
クレッサ自身も自分の悲しみだけに囚われていたことに、ロティアナが気づかせてくれたのである。
「だから、考えたのよ。死んだ人が満足する生き方をすれば、その人の心も救われるんじゃないかって。だからあたしは、|ウルティミア様を(・・・・・・・・)|殺さない(・・・・)って、決めたの。それだけよ」
「なるほど」
アルテは、その答えに納得したようだった。
クレッサは窓の外に目を向けながら、内心で付け加える。
ーーーそう、あたしは殺さないわ。昔のあんたも、ミーア様もね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます