第10話 王族の蠕動。
「あの平民を、ウルティミア・フォレッソとして認めるですと!?」
ユグドリアン国王、イードは、狼狽する枢機卿、シャンド・エラーに対して冷たく目を細めた。
クレッサが姿を見せた際に、真っ先に噛み付いた男である。
イードは一ヶ月、彼を放置した。
クレッサに教養を与えるにはあまりにも短い期間だったが、時間稼ぎの一環である。
「そ、そのような事が認められる訳がないでしょう!」
「何故だ? 戦争を終結させるのは国家の責務であり、教会の悲願である筈だが」
「我らが認めた聖女は、既にロティアナ様がおられます! 偽物を立てて民衆を欺くなど、教会の権威を傷つけ、蔑ろにする行いであるとご理解しておられるのですか!?」
典型的な権威主義であり、平民を見下しているシャンドは、顔を赤黒く染める。
ーーー愚物よな。
この男は、教皇の犬だ。
金と女にしか興味がない浅ましい男であり、布教と称して前線に宣教師を送り込み『死の商人』として活動させ、多くの武器を売り捌いていることを、イードはとっくに知っていた。
「不敬よな」
喚き散らすシャンドに対して、ボソリとそう呟くと、彼は喉の奥に言葉を詰まらせたが……すぐに引き攣った笑みを浮かべて、言い返して来た。
「わ、私が不敬なら、陛下のなさりようは神への冒涜ですぞ! 偽の聖女を認めるなど……」
「そもそも我は、そなたの意見など聞いていない」
放置し、苛立たせ、急に呼び出したのは……冷静さを欠かせ、準備をさせない為である。
イードの言葉を合図に、脇に立っていたリザルドが目配せし、謁見の間の後ろに立っていた二人の兵が音もなく動いた。
そして、枢機卿の護衛である聖兵を手にした槍で刺し貫く。
「………は?」
胸を貫かれ、呻き声一つで唐突に絶命した護衛の姿に、シャンドは思考が追いついていなかった。
「散れ。民を食い物にする罪人は、|神の御意志(・・・・・)で地獄へと堕つだろう」
イードがそれを口にし終える前に。
リザルドが腰の剣を引き抜いて一息に距離を詰め、シャンドの心臓を貫いた。
「ぉ……」
周りの兵士たちは、転がった死体に狼狽えることもなく、大布で死体を包み、僅かに垂れた血を拭いて退出していく。
「……人を殺したのは、初めてか」
「はい」
イードの問いかけに、リザルドは無表情で答えた。
「気分はどうだ」
「……良いものでは、ありませんね」
「死と隣り合わせで国を守る者達は、常にその感覚を味わっている。そして、クレッサはその死の香りを誰よりも知っている。……忘れるな。我を継ぎ、玉座に座ろうとも、だ」
「はい」
リザルドは震えていなかった。
その額に浮かんだ冷や汗を、イードは見逃さなかったが……見て見ぬふりをする。
ーーー我は吐いたな。それに比べれば、肝が据わっている。
「ここからが、真の始まりだ。引けぬ刃を振るったことを、心に刻め」
「はい」
「闇に乗じて、ネズミに邪魔な者達を始末させろ。教会を制圧し、総本山に気取られぬよう計らえ」
待ち続けたのは、この時の為。
同時に、元老院の教会派も毒殺する段取りになっていた。
教会の中にも、元老院の老害どもの側にも、既にこちらの手の者が長い時を掛けて馴染み、信頼を勝ち取っている。
一夜が明ければ、王都の全てが覆るだろう。
「御心のままに」
リザルドが頭を下げるのに頷いてから、イードはその場を辞して、廊下の窓から注ぐ夕日の赤に目を細めた。
ーーーミーア、我が娘よ。そなたは、利己からこの手を血に染める我らを、憂うか?
死者は応えない。
だが、脳裏に浮かび上がった娘の憂い顔を、イードは頭を横に振って追い払った。
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