第8話 王太子の独白。

  

 話を聞き終えたリザルドは、すっかり日が暮れた庭で、大きく息を吐いた。


「……なるほどな」

「今まで黙っていて、申し訳ありません……」


 ロティアナが顔を伏せたので、リザルドは頭を横に振る。


「それは、いい。話してくれたことを、嬉しく思っている」

「……?」

「私とて、君に話していないことが沢山ある。……その中の一つを、伝えようと思う。私の妹……アルテの、双子の妹である、もう一人のウルティミアのことを」

「え……?」


 リザルドは、ミーアのことを話しながら、弟のことを思い出す。


『ねぇ、兄上。僕は、教会を許さないよ』


 アルテは、教会の暗躍を知った後。

 笑みのまま、瞳の奥に憎悪を滲ませていた。


 ミーアの寿命を縮めた理由の一つが、戦争で傷ついた者を癒すために無理をしたことだと、そう思っているのは容易に想像がついた。


『教皇は、僕がこの手で、必ず殺す』


 リザルドとしても、気持ちは同じだったが。

 それでも半身を失った弟よりは、冷静だった。


 ーーーお前には無理だろうに。


 そう、思っていた。


 アルテは優し過ぎる。

 人を救うためならば、幾らでも厳しい判断を下せるだろうが、どれほどの才覚があっても。


 おそらく弟に、人は殺せない。


 もしその時が来たら、万一にも失敗せぬよう、リザルドは彼が直接戦地に赴くことを止めるつもりだったが……そういうわけにもいかなくなった。


 ロティアナと知り合ってしまったからだ。


 クレッサの噂を聞いて、練り上げた計画の為に、クレッサは戦地に赴かねばならない。

 そうなれば、アルテはついて行くだろう。


 リザルドは、共には行けない。

 クレッサが旅立った後に、ロティアナには|王都での役目(・・・・・・)があるからだ。


 それを終えればリザルドも戦地に向かうつもりだが、どうしても遅れる。

 前線を預けているルルナが、言いつけ通りに自分の到着までアルテを抑え切ることを祈るばかりだ。



 ロティアナを一人で王都に残す選択肢が、リザルドにはなかった。


 

 最初は、利用するだけのつもりだった少女。

 知り合った時は、容姿は美しかったが、どこか人の顔色を伺うようにオドオドとした彼女が、正直気に入らなかった。


 だが、その境遇を知った上で見るロティアナは、あまりにも痛々しかった。


 最初はただの同情だっただろう、とリザルド自身も思う。

 しかし、保護し、守ってやらねば利用する前に壊れてしまう気がした。


 そんな彼女が、ミーアに重なったのだ。


 ーーー私も、結局甘いのだろうな。


 弟よりはまだ、冷酷な人間だと思っていたが。

 何も知らぬ相手に……利用するだけの為とはいえ……優しく接し、心を開かれれば、絆されるな、と言われても無理だった。


 そして、一人悩んでいることなど、父王は見通していたのだろう。

 ある日二人の時に、さらりと言われたのだ。


『愚者めが。いつまで腑抜けた顔をしているつもりだ? 惚れてしまったのであれば、利用する相手と思わず、守るべき相手と頭を切り替えぬか』


 言われて、絶句した。

 まさか、そんな言葉を掛けられるとは思わなかったからだ。


『どうせ娶るのだ。愛して何の問題がある? 考える必要などなかろうが、間抜けが。いずれお前も、国を子として守る立場になるのだ。一人立つ者の強さではなく、守る者の強さを身につけよ』


 父王は、リザルドの間抜けヅラを見て満足したのか、ニヤリと笑ってその場を後にした。


 ーーー所詮、ガキだったな。


 そんな風に思いながら、ロティアナにミーアのことを語り終えたリザルドは、彼女に手を差し出した。


「その事実で、君が聖女でなくなることも、王城から追放されることもありはしない」

「本当、ですか……?」

「ああ。クレッサにそれを話すかどうかは、君の好きにするといい。無理に話す必要はないだろう」


 ロティアナの瞳が、一瞬揺れた。

 しかし、すぐに彼女は首を横に振る。


「いえ、話します……クレッサ様も、突然逃げたわたくしのことを、気にしておられると思うので……」

「無理をする必要はないが」

「これから先。わたくしとクレッサ様は共に居ることになる、のでしょう? 隠し事をしたままでは、あの方の信頼を勝ち取れはしないと、そう思いますから……」


 そう口にしたロティアナは、迷っていなかった。

 心が落ち着いてからでも良いのではないか、とリザルドは言葉を重ねようとして、やめる。


 過保護であることは彼女の成長に繋がらないのを、あの謁見の席で、リザルドはまざまざと見せつけられたのだ。


 己の首が胴を離れることすら、一顧だにしない覚悟を決めた少女。

 ロティアナを変えたのは、間違いなく彼女であり……今まで従順過ぎたロティアナが己で選択したことを、否定してしまってはいけないと感じた。


 それでさらに傷つくことになったとしても。


「では、行こう」

「はい」


 リザルドは、ロティアナの手を取って、クレッサの待つ先へと連れて行った。

 

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