第5話 淑女の指導。

 

「出来るわけないじゃない!」


 断罪劇から三日後。

 ロティアナの指導を受けて、クレッサが顔を真っ赤にして怒鳴っていた。


「あたしは平民よ!? いきなり難しいこと言わないで欲しいわ!! クソッタレ!!」


 彼女の言葉に、ロティアナは戸惑う。


「難しい、といっても、今やっているのは歩き方と立ち方の練習だけなのですが……」


 クレッサは激情家だった。

 流石は王族相手に一歩も引かない胆力を持っているだけあって、とんでもない負けず嫌いでとてつもなく口が悪い。


 近くにいる侍女たちが……彼女たちも元は貴族令嬢なので……顔を引き攣らせたり、言葉を聞いただけで強ばったりする程に。

 

 でも。


「ああもう!! 立ち方一つどうでも……良くないのよね、ウルティミア様の為だし……ロティアナ! こう!? こうなの!?」

「いえ、そこは……」


 彼女は、口では辞めたい鬱陶しい最悪だと言いながら、指導に逆らったり投げ出したりしようとはしなかった。

 休もう、と言うまで、延々とこちらの指示した通りに出来る様になろうと動き続ける。


 ーーーこの活力が、クレッサ様の力なのですね。


 立ち振る舞いは、たった三日の付け焼き刃でも、多少は見れるようになってきている。


 でも、まだせいぜい貴族の子ども程度。

 それこそ教えていることが初歩の初歩なのだから、当たり前の話。


 けれどロティアナは、そんなクレッサを馬鹿にする気にはなれなかった。

 

 だって彼女は、昔のロティアナだから。

 確かにこんな振る舞いをしていたのなら、馬鹿にされても仕方がない、と、今なら分かる。


 分かるけれど、拙くても懸命に努力している人を笑う行為は、本当に正しいことだろうか。

 

「ああもう、まだダメなの!? 腰と足が痛いんだけど!?」

「とても良くなってきてはいますけれど、せめて、平民の方々が見て『美しい』と感じる程度にして欲しいと、アルテ様に言われていますので。申し訳ありませんが……」

「分かってるわよ! 礼儀作法って本当に面倒臭いわ! あんた、よくこんなのに耐えたわね!?」

「……!?」


 何度も、何度も。

 立った姿勢から礼をして、歩く。

 

 それだけの行為を繰り返しているクレッサの口から何気なく出た言葉を聞いて、ロティアナは口元に手を当てた。


「何? どうしたの?」


 ロティアナが黙ったまま何も言ってこないからか、訝しそうにこちらに向けられた目に、ロティアナは淑女の微笑みを返した。


「いえ、なんでもありません。そこは、こうです。礼の時は……」


 言いながら、ロティアナは内心で泣きそうだった。


 よく耐えた。


 そんな言葉を告げてくれたのは、リザルドくらいだったから。

 苦しいことだと、口にすることすら許されてこなかったから。


 出来て、当たり前だったから。


「そろそろ休憩に致しましょう」


 ロティアナは、クレッサに声を掛ける。

 ドアが動いたのでチラリと目線を向けると、アルテが姿を見せていたからだ。


 そろそろ3時のティータイムなので、誘いにきたのだろう。


「ああ、ありがと」


 ぞんざいな口の利き方だけれど、タオルを差し出した侍女にきちんとお礼を言いながら、クレッサが近づいてきて小さく呟く。


「靴擦れ出来たから、足を癒したいんだけど。……女が人前で靴を脱ぐのは、貴族的には良くないのよね?」

「アルテ殿下に申し上げましょう。人目につかない休憩室を用意していただけるかと」

「助かるわ」


 同じように小声で返したロティアナは、クスリとクレッサと笑い合う。

 この三日で、妙な連帯感が生まれていたし、自分には出来ない言動を、行動を、意にも介さずやってのける彼女に、憧れすら抱いていた。


 でもロティアナは、この先、自分に何が待っているのか……この時は、まだ知らなかった。


 その休憩室で。

 先延ばしにしていた事実に、強制的に向き合わなければいけなくなることを。

 

 まだ、何も知らなかったのだ。

 

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