第4話 暴かれた隠し事。
ロティアナが庭を見ていたのと、ちょうど同じ頃。
ふと、クレッサが人の気配を感じて顔を上げると、ランタンの明かりが庭を横切っていくのが見えた。
暗いのには慣れていて、よく見える自分の目を凝らすと、どうやらそれはアルテのようだった。
ーーーこんな時間に、どこに?
興味を引かれたクレッサは、無駄に肌触りのいい寝巻きの上に自分のボロボロの外套を着込んで、窓をそっと抜け出す。
そして、聞いてしまった。
「ーーーそういうことだったのね」
後ろから声を掛けると、バッとアルテが振り向く。
ランタンで照らして顔を確認したのか、警戒を解いた彼から吹き付けていた殺気が消えた。
薄紫の瞳を持つ中性的な美貌に、苦笑が浮かんでいる。
「驚いたな。……婦女子がこんな時間に出歩くなんて、随分とお転婆だ。それに気配を消すのが上手い」
「あいにく、こっちは前線育ちなの。王城の庭なんて、昼間の広場よりも安全だわ。大体、王族が護衛もつけずに出歩いてるほうがよっぽど不用心じゃない」
「確かに、そうかもね」
すぐにいつもの調子に戻ったアルテに、ふん、と鼻を鳴らしたクレッサは、腰に両手を当てて彼を睨みつける。
「どういうことか、説明してもらえる? あたしを救ったウルティミア様は、あんたじゃないの?」
クレッサにとって重要なのは、そこだった。
アルテは『もう一度、ウルティミアを殺す』と口にしたのだ。
彼が本物のウルティミア様でないのなら、クレッサを騙していたことになる。
しかし彼は、ハッキリと首を横に振った。
「いいや。君と出会ったウルティミアは、間違いなく僕だよ。そこに偽りはない。……黙っていたのは、ウルティミアがもう一人いたということだけだ」
そう告げて、アルテは双子の妹、ミーアのことを話してくれた。
「貴方とお兄さんが、戦争を終わらせようと頑張っているのは、それが理由だったのね」
「そうだ。可愛くて不憫だった妹の願いを、叶えるためだ」
「なぜ黙っていたの?」
「伝える必要がないと思ったから。君は今、悲しんでいるだろう? 君は優しいからね」
悲しい想いをさせたくなかった、というアルテに、クレッサは唇を引き結ぶ。
「……買い被りだわ」
そう言って、目を逸らした。
ミーアは、確かに顔も見たことない人だけれど。
前線に癒しの力を届けていたもう一人のウルティミア様だったと、アルテは言った。
彼女がいなければ、あの奇跡はなかったと言われれば。
平和を望んだのが、実際はミーアだと言われれば。
悲しくないわけがなかった。
「僕は、一人で奇跡を起こしていたウルティミアじゃない。落胆したかい?」
その問いかけに、クレッサは目を戻して、険しくアルテを睨みつける。
「ふざけないでくれる? あたしを助けてくれたウルティミア様は、貴方なんでしょう!? あたしが怒ってるのは、それじゃないわ! ……ウルティミア様がもう一人いた事を、あたしに伝えなかったことよ!」
黙っていたことに、怒っている訳ではない。
だって、クレッサも自分が二代目であることをアルテに伝えていないのだから。
でも。
「あたしは、ウルティミア様の跡を継ぐんでしょう!? ウルティミアの全てを! なのに、もう一人のウルティミア様のことを知らないままだなんて……あたしが、自分を許せないじゃない!」
闇に葬られた彼女のために、アルテが頑張っているというのなら。
本当に平和を望んだのがミーアだというのなら。
ーーーこれ以上、深い闇の中にミーア様を居させていいわけが無いじゃない!
「全部持っていくのよ! あたしが! ウルティミア・フォレッソという聖女の、全てを! もうこれ以上、ウルティミア様のことを隠してないわね!? 何も!?」
クレッサが怒鳴りつけると、珍しく驚いたようにアルテが軽く目を見開き、それからふと表情を緩める。
「ああ、これで全部だよ。もう隠し事はない」
「本当ね?」
「信用ないなぁ」
「今日一日の自分の言動を思い返してから物を言って」
クレッサは彼に近づくと、墓碑の前に膝をつく。
「ありがとうございます、ミーア様。遅くなりましたけど……貴女のおかげで、多くの人が助かりました。ご自身の苦難にも負けず、民を思ってくださった貴女を、あたしは尊敬します」
もう会うことも出来ないもう一人のウルティミア様。
その墓前に誓うと、じわっと涙が滲みそうになったけれど、それを堪えて立ち上がる。
「ミーア様の気持ちを、あたしが継ぎます。どうか、見守っていて下さい」
アルテは、それを黙って見つめた後、『部屋まで送ろう』と連れて帰ってくれた。
そして別れ際に、本当に嬉しそうに目を細める。
「ありがとう、クレッサ。僕は、ますます君に惚れ直したよ」
と、いきなり顔を寄せて、頬に口付けしてきた。
ーーー!?
「流石にもう遅いからね、ちゃんと眠るといい。明日から、ロティアナに礼儀作法を習うんだからね。時間もないし、体調を崩してしまわないようにね」
頬を押さえて呆然とするクレッサに、アルテが片目を閉じて手を振る。
我に返った瞬間、バン! とドアを閉じて、そこに背中を預けた。
「あれ。刺激が強かったかな」
ドアの外からそんな声が聞こえ、『おやすみ』と遠ざかっていく。
燃えるように頬が熱い。
ーーーき、き、キスした!? 今キスしたわよね!?
頬とはいえ、男性にそんなことをされたのは初めての経験で。
ちょっと眠かったのに、すっかり頭が冴えてしまったクレッサは、心の中で思い切り悪態をついた。
ーーーあんなことされて、寝れるわけないじゃない!! 馬鹿じゃないの!?
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