第16話 決闘

 翌朝。ヴァレンタイン城の専属庭師、バルトルト・クロイツァーがいつものように鎌を手にして、白百合の花壇に近づくと、人影のようなものが濃霧の中から浮かび上がってきた。

「なんだ、あれは?」

 バルトルトが目を凝らしながら、ゆっくりと白百合の花壇に近づくと、全裸のカーティスが仰向けの状態で倒れていたのである。

「うわあぁぁっ! 死体! 死体だぁっ!」

 驚いたバルトルトは、慌てて城の中に戻って行った。





 それからしばらくして、騒ぎを聞きつけたケスバラレイムとクロバラメイムが急いで駆けつけると、すでに城の使用人や関係者たちが白百合の花壇の前に集まっていた。

「すまない。ちょっと退いてくれたまえ!」

 クロバラメイムが先頭に立って、ケスバラレイムを事件現場まで導いた。すると、彼の目に飛び込んで来たのは、白百合の花壇の中に遺棄された、何も服を着ていないカーティスの死体であった。

「ホフマンさん!」

 変わり果てたカーティスの姿を目にした瞬間、クロバラメイムは思わず絶句してしまう。

「あら、誰かに首を絞められたのかしら?」

 一方のケスバラレイムは動じることなく、カーティスの死体に近づき、彼の首元をじっくりと見ていた。

「まさか、これもジェノバの仕業なのでしょうか?」

 クロバラメイムは、膝をついて、カーティスの赤く腫れた頬の痣を見つめる。

「ジェノバに殺された者は、皆、白百合の花が添えられていたわ。過去の事件から推測すれば、その可能性は高いわね」

「まだ、僕には分からないのです。ジェノバが白百合の花を被害者のそばに置く理由が」

「その理由なら、あなたはもうとっくの昔に気づいているはずよ」

「えっ?」

「そう、ジェノバの玉座の前でね」

 ケスバラレイムはそう言って、口元を歪ませたのであった。




 客室のベッドで眠っていたマドレーヌがゆっくりと目を開けると、白い天蓋が目に入った。

「えっ、私……」

 意識を取り戻したマドレーヌが、ベッドのそばに置かれていた猫脚の椅子に目を移した瞬間、彼女の表情は恐怖でこわばってしまった。

「ポール! どうして、ここに?」

 ポールは足を組んで椅子に座りながら、不敵な笑みを浮かべていた。

「お目覚めのようだな、悲劇のヒロインさんよぅ」

「くっ!」

 ポールは立ち上がり、マドレーヌの額に拳銃の銃口を突きつける。

「お前が倒れたって聞いたから、わざわざ見舞いに来てやったんだぜ。感謝しろよ」

「わっ、私を殺しに来たの?」

「いいや。これでお前を殺すのは、お前自身だ。このピストルの中に弾を一発だけ装填しておいた。死にたくなったら、いつでも、この引き金を引けばいい」

 ポールはそう言って、マドレーヌに拳銃を手渡した。

「えっ」

 動揺するマドレーヌをよそに、ポールは、彼女に拳銃を渡した後、緻密な象がん装飾が施されたナイトテーブルに置かれた白百合の花瓶に目を向ける。

「どうせ、お前は警察に捕まる。お前の未来にはもはや絶望しか待ち受けていない。死ぬなら、今のうちに死んでおけということさ」

「あなたのせいで、私はこうなったのよ! ポール!」

 マドレーヌが声を荒らげながら、銃口をポールに向けると、彼は冷笑する。

「俺を殺したところで、お前がジェノバに手を貸したと言う証拠は消えねぇぞ」

「くっ」

「じゃあな、マドレーヌ。次は地獄で会おうぜ!」

 ポールがマドレーヌに別れを告げた後、そそくさと部屋から出ると、二人のポリスたちが、頭や胸から血を流して倒れていたのである。ポールはうんざりした表情を浮かべながら、殺害した二人のポリスたちを見下ろす。

「やれやれ、次は王子様と決闘か」

 ポールは頭をポリポリと掻きながら、薄暗い廊下を歩いて行った。




 穏やかな午後の日差しが窓の外から、ベッドに横たわるカーティスの冷たくなった頬を照らしていた。

「おお、神よ! なぜカーティスの命まで奪われなければならないのですか?」

 大事な右腕を失ったクロードは、ベッドのそばで泣き崩れていた。クロードの震える背中を、壁際に立っていたエルヴィスとケスバラレイム、それにクロバラメイムは何も言わずに見つめていた。

「くそっ、まさかバトラーにまで手を出すとは」

 カーティスを、連続殺人事件の主犯格の一人として目をつけていたエルヴィスは、彼の突然の死に動揺していたのである。

「もうここまで来ると、いつ、誰が殺されてもおかしくない状況ですね」

「うっ、うう。これ以上、私の大事な人を連れて行かないでくれ、ジェノバ――恨むなら、この私を恨んでくれぇっ!」

 クロードが両手で顔を覆って咽び泣いていると、扉の方からノック音が聞こえてきた。

「入れ」

 エルヴィスが返事をすると、若いポリスが慌てて部屋の中に入ってきた。

「警部、大変です! 被疑者の姿が見当たりません!」

「なんだと?」

「警備に当たっていたポリス二名も、何者かに射殺されました!」

「ジェノバか?」

「あっ、先生! どちらに!」

 ケスバラレイムは何も言わずに、突然駆け出し、部屋から飛び出して行った。

 クロバラメイムは、一階にある『アポロンの間』の前を通り過ぎると、彼の前方を走っていたエルヴィスが、フロックコートの内側のポケットから拳銃を取り出して、後ろを振り返った。

「クロバラメイム、二手に分かれよう。俺は薔薇の回廊に向かう。お前は鏡の回廊の方に向かえ。もしかしたら、城から脱走を試みているかもしれない」

「分かりました!」

 エルヴィスは階段を駆け上がり、二階に向かった。クロバラメイムは、そのまま廊下を真っ直ぐ進み、庭園の出入り口に通じる鏡の回廊に向かって走って行った。

「ん? あれは……」

 クロバラメイムが鏡の回廊に足を踏み入れた瞬間、花束を手に持ったシュタインと遭遇する。

「君は、クロバラメイム君だね?」

「シュタインさん! どうしてこんなところに?」

 クロバラメイムは慌てて、シュタインに駆け寄った。

「ポールから手紙が届いたんだ。マドレーヌが倒れたから、すぐに見舞いに来てくれと」

「ポールさんから?」

 クロバラメイムは、彼の名を聞いた途端、険しい表情を浮かべる。

「ああ。それで今、ちょうどマドレーヌの部屋に向かう途中だったんだ」

「シュタインさん。あの……実はマドレーヌさんが部屋から姿を消してしまって、今、ロックフェラー警部たちとともに彼女の行方を探しているんですよ」

「なんだって? マドレーヌが……」

 シュタインは目を大きく見開いて、驚いてしまった。

「せっかくお見舞いに来ていただいたのに、申し訳ないですが、今すぐマドレーヌさんの捜索にご協力してくれませんか?」

「もちろん! 僕に出来ることなら、なんだってするさ!」

 こうしてシュタインも、クロバラメイムとともに、マドレーヌを探すこととなった。 「イーヴォ! 城を警備しているポリスたちに、手分けしてブルドン嬢の行方を全力で探し出してくれと伝えてくれ」

「はっ! 承知いたしました」

 イーヴォが背筋を伸ばし、敬礼すると、クロバラメイムとエルヴィスは、ケスバラレイムの後に続いて、部屋を出て行った。




 クロバラメイムは、一階にあるアポロンの間の前を通り過ぎると、彼の前方を走っていたエルヴィスが、フロックコートの内側のポケットから拳銃を取り出して、後ろを振り返った。

「クロバラメイム、二手に分かれよう。俺は薔薇の回廊に向かう。お前は鏡の回廊の方に向かえ。もしかしたら、城から脱走を試みているかもしれない」

「分かりました!」

 エルヴィスは階段を駆け上がり、二階に向かった。クロバラメイムは、そのまま廊下を真っ直ぐ進み、庭園の出入り口に通じる鏡の回廊に向かって走って行った。

「ん? あれは……」

 クロバラメイムが鏡の回廊に足を踏み入れた瞬間、花束を手に持ったシュタインと遭遇する。

「君は、クロバラメイム君だね?」

「シュタインさん! どうしてこんなところに?」

 クロバラメイムは慌てて、シュタインに駆け寄った。

「ポールから手紙が届いたんだ。マドレーヌが倒れたから、すぐに見舞いに来てくれと」

「ポールさんから?」

 クロバラメイムは、彼の名を聞いた途端、険しい表情を浮かべる。

「ああ。それで今、ちょうどマドレーヌの部屋に向かう途中だったんだ」

「シュタインさん。あの……実はマドレーヌさんが部屋から姿を消してしまって、今、ロックフェラー警部たちとともに彼女の行方を探しているんですよ」

「なんだって? マドレーヌが……」

 シュタインは目を大きく見開いて、驚いてしまった。

「せっかくお見舞いに来ていただいたのに、申し訳ないですが、今すぐマドレーヌさんの捜索にご協力してくれませんか?」

「もちろん! 僕に出来ることなら、なんだってするさ!」

 こうしてシュタインも、クロバラメイムとともに、マドレーヌを探すこととなった。




 クロバラメイムとシュタインが二階に向かっている間、ケスバラレイムは、テラスで自殺を図ろうとするマドレーヌをすでに発見していた。晴れやかな青空の下で、彼女は拳銃を額に当てて、今にも引き金を引こうとしていたのである。だが、ケスバラレイムはとても穏やかな表情を浮かべて、マドレーヌを見つめていた。

「その拳銃、誰からもらったの?」

「そんなの、あなたには関係ないでしょ!」

 マドレーヌは興奮した状態で答えた。

「そのまま引き金を引いたら、あなた、きっとあの世で後悔するわよ」

「別に構わないわ! どうせ、私はどんなに足掻いても、牢屋行きよ!」

 マドレーヌは目に涙を浮かべながら、声を張り上げた。

「マドレーヌ!」

「マドレーヌさん!」

 マドレーヌの前に、息を切らしたクロバラメイムとシュタインが現れた。

「シュタイン、どうして?」

 マドレーヌは、シュタインの予期せぬ登場に動揺してしまう。

「はぁっ、はぁっ、マドレーヌ、馬鹿な真似はやめるんだ!」

「今すぐ、その銃を下ろしてください!」

「こっちに来ないでよおぉっ!」

 マドレーヌは、首を激しく左右に振って、後ずさりする。

「マドレーヌ……」

 シュタインを目にした瞬間、マドレーヌの目から一筋の涙が頬につたう。

「シュタイン、ごめんなさい。今だから、本当のことを言うわ。私は、誰も殺していない。だけど、イザベルなんかいなくなってしまえばいいと何度も思っていたのは事実よ」

「マドレーヌ」

「あなたを愛していたの、ずっと前から。でも、こんな形であなたの愛を手に入れても、私、嬉しくないわ。だけど、これだけは覚えておいてね。あなたのことを心の底から愛した女がいたってことを」

 最後に最愛の人と出会うことができたマドレーヌは、嬉しそうに微笑んだ。

(今度、生まれ変わったら、あなたと一緒に添い遂げたいわ)

 もはや、この世に未練などなかった。今まで胸に秘めていた想いをシュタインに告げた後、マドレーヌは目を閉じて、自らの人生に幕を閉じようとした。だが、次の瞬間、マドレーヌが持っていた拳銃が吹き飛んだ。

「きゃあっ!」

 マドレーヌは、その衝撃でバランスを崩して、その場に倒れてしまった。

「ふう、やるわね」

 ケスバラレイムは微笑みながら、後ろを振り返った。

「ロックフェラー警部!」

 クロバラメイムが後ろを振り向くと、拳銃を構えたエルヴィスが立っていた。

「マドレーヌ!」

 シュタインは、急いで崩れ倒れたマドレーヌのもとに駆け寄ってゆく。そして、膝をついて、彼女をゆっくりと抱き起こした。

「……シュタイン」

 安堵の表情を浮かべたマドレーヌは、シュタインの頬に手を伸ばした。すると、シュタインは涙を流して、彼女の色白の手を握りしめた。

「もういい。今は、何も喋らなくていい」

 シュタインは、言葉の代わりに、唇で返事をすることに決めた。

「……」

 二人は静かに口づけをした。

「警部! 被疑者を確保いたしましたか!」

 三人のポリスたちが駆けつけると、エルヴィスは拳銃をフロックコートの中に閉まった。

「ブルドン嬢を今すぐ解放しろ」

 エルヴィスの命令に、ポリスたちは唖然としてしまう。

「でっ、ですが、警部! 彼女はジェノバの……」

「今すぐポール・ヴァレンタインの行方を追え。やつが一連の殺人事件を起こした真犯人だ。そうだろ、マダム?」

 エルヴィスがそう言って、ケスバラレイムの方を振り返ると、彼女は、ポールの拳銃を拾った。

「ええ。手遅れになる前に見つけましょう」

 拳銃を手に取ったケスバラレイムは、クロバラメイムに銃口を向けて、引き金を引いた。

「うわっ!」

 クロバラメイムは叫びながら、その場に尻餅をついてしまった。しかし、ケスバラレイムが引き金を引いても、弾は出てこなかった。

「うふふふっ!」

 クロバラメイムは、唖然とした顔でケスバラレイムを見ていた。そんな彼を目にした瞬間、ケスバラレイムは思わず吹き出してしまった。




 カーティスの死の知らせを聞いたティファニーは、居間のソファに座り、泣いていた。

「カーティスまで、どうしてこんな酷い目に遭わなければならないの?」

 クリスティーナは、ティファニーの隣に座り、彼女を抱きしめ、頭をそっと撫でる。

「カーティスが何をしたって言うのよ!」

「ティファニー」

 悲痛な表情を浮かべるティファニーに胸を痛めたクリスティーナは、彼女の額にそっと口づけをする。

「今日はとても危険な夜になる。だから朝が来るまで、絶対に部屋から出てはだめだよ」

「クリスティーナ、今夜は私と一緒に寝てくれないの?」

 ティファニーは甘えるような目で、クリスティーナを見つめる。

「残念だけど、それは出来ないんだ。今夜は、どうしてもやらなければならないことがあるんだ」

「えっ?」

 クリスティーナは、ティファニーを抱きしめていた手をゆっくりと離した後、ソファから立ち上がった。

「待って、クリスティーナ! どこに行くの?」

 しかし、クリスティーナは何も言わずに、部屋を出て行ってしまった。

「クリスティーナ?」

 一人部屋に取り残されたティファニーは、クリスティーナの殺気立つ様子に不安を抱いてしまった。


 


 ケスバラレイムは、クロバラメイムとエルヴィスたちとともに、手分けをして、行方が分からなくなったポールを探していた。

(もしかしたら、ここに潜んでいるかもしれないわね)

 ケスバラレイムは、早速、地下の隠し通路に足を踏み入れた。暗闇の中をしばらく進むと、鉄格子に囲まれた部屋が見えてきた。ケスバラレイムは、周囲を見渡しながら、慎重に足を進めてゆく。

「確か、この辺に凶器が落ちていたのよね」

 ケスバラレイムが、ジェノバの凶器が発見された地下牢獄に差し掛かった瞬間、頭に鈍い痛みが走った。

「うっ……」

 抵抗する隙もなく、意識を失ってしまったケスバラレイムは、そのままうつ伏せの状態に倒れてしまった。

「すまねぇな、マダム。悪く思うなよ」

 ハンマーを手にしたポールが、ケスバラレイムにゆっくりと近づいてきた。そして彼女の死体を見下ろしながら、勝ち誇った笑みを浮かべる。




 ジェノバ・ヴァレンタインの遺体が見つかった『玉座の間』に、黄金の蝶の仮面を装着し、赤いマントを身につけたジェノバが静かに現れた。

「ようやく来たな、ジェノバ」

 シャンデリアに照らされた玉座には、ポールが足を組んで座っていた。ジェノバは殺意に満ちた目で、彼を見据えている。

「いいや、クリスティーナと呼んだ方が正しいんだろうな」

 ポールは不敵な笑みを浮かべると、ジェノバの格好をしたクリスティーナがようやく口を開いた。

「貴様、この僕をずっと欺いていたんだな?」

「あの日記を読んでしまったのなら、もはや何もお前に言うことはねぇ」

「なぜお父様に、あんな酷い仕打ちを?」

 クリスティーナは拳を握り締め、煮えたぎるような怒りを抑えながら、ポールに問いかける。

「それはお前の親父が、ジュリアと共謀して、ずっと俺のことを欺いてきたからだ!」

「ジュリアって、僕のお母様のこと?」

「そうだ」

 ポールは玉座から立ち上がり、鞘に入ったレイピアを握り締めて、ゆっくりと歩き出した。

「ジェノバは、社交界の花形だった。頭も良く、容姿端麗な顔立ちに加えて、誠実で、紳士的な振る舞いに、女たちはすぐに酔いしれ、ジェノバの虜となった。だが、その中に俺が愛していた女がいた。それがジュリアだった」

「えっ!」

 クリスティーナは、その事実に驚愕する。

「俺はジュリアのことを本気で愛していた。こいつのためなら、命だって投げ捨てられる。そう思っていた。ジュリアも、俺のことを愛してくれた。俺たちは何度も互いの体を貪り合った。だが、どんなに体を重ねていても、ジュリアの心はすでにジェノバに向けられていたんだ。あいつにとって、俺は一瞬の快楽を与えてくれる玩具でしかなかったんだ」

 ポールは興奮した様子で語り続ける。

「ジェノバは、俺がジュリアを愛していることを知っていたんだ。それを知ってて、彼女と結婚したんだ。俺はひどく傷ついた。だが、何よりもショックだったのは、ジェノバもジュリアも、サロンで俺の失恋を面白おかしく語っていたことだ。あいつらのせいで、俺はとんだ笑い者さ」

 ポールは大袈裟に両手を広げると、クリスティーナは反論する。

「嘘だ。お父様も、お母様も人の悪口なんて言わない!」

「嘘じゃねぇ! お前の両親は正真正銘の悪魔だ! サロンの笑い者にするために、俺の気持ちを弄んだ挙句、踏み躙った。だから、俺はお前が生まれた時に決心したのさ。ジェノバとジュリアが築き上げた、温かい家庭ってやつを滅茶苦茶にしてやろうってな」

 ポールは鋭い目つきで、クリスティーナを見据える。

「お父様は日記を通して、僕に忠告してくれたよ」

「何?」

「ポールにはひどい思い込みと妄想癖があるから、絶対に彼の言うことを信じてはだめだってな!」

 クリスティーナは腰に差した鞘からスモールソードを抜いて、剣身をポールに向ける。

「だが、お前は皮肉にも、そんな俺の操り人形になったわけだ」

「ポール・ヴァレンタイン。僕は君に決闘を申し込む」

「本気か、クリスティーナ?」

 ポールがレイピアを鞘から抜くと、クリスティーナは剣を構えて戦闘態勢に入る。

「言っておくが、俺は女だろうが手加減はしないぜ」

 ポールも、剣を構える。

「構わない。それに今の僕は女ではない。誇り高きジェノバだぁぁっ!」

 クリスティーナは勢いよくポールに向かって駆け出した後、スモールソードを振り上げて、先制攻撃を始めた。しかし、ポールは華麗に反り返り、クリスティーナの攻撃を回避した後、すぐに上半身を起こして、レイピアの剣身で彼女の顔を突き刺そうとする。

「くっ!」

 クリスティーナは体の重心を右に傾け、間一髪のところでかわした。

「ふんっ、やるじゃねぇか! ジェノバ!」

 クリスティーナは、頬に出来た切り傷から血が滲み出す。

「へっ! 王子様の顔は、大事な商売道具だろ。そんな傷物になった王子様を見たら、娘たちもがっかりするぜ」

「黙れ!」

 クリスティーナは声を張り上げながら、再びポールに向かって突進して、剣を交えたのであった。




「先生、いらっしゃいましたら、返事をしてください! 先生! 先生!」

 夕食の時間になっても戻って来ないケスバラレイムを心配したクロバラメイムは、彼女が向かった地下の隠し通路に足を踏み込んだ。

「全く、ランタンを持たずにこんな暗いところに足を踏み込むなんて、頭がどうかしているな」

 クロバラメイムは、手に持ったランタンで足元を照らしながら、慎重に暗闇の中を進んでゆく。そして、地下牢獄に差し掛かった時、クロバラメイムは前方に何か赤い塊のようなものを発見した。

「あれは……」

 クロバラメイムが急いで駆け寄って、ランタンの仄かな明かりで照らしてみると、それはうつ伏せの状態で亡くなっているケスバラレイムであった。

「先生、こんなところにいたのですか?」

 クロバラメイムは取り乱すこともなく、平然とした様子でケスバラレイムの亡骸に近づき、彼女の口元のそばに落ちていた赤いローズヒップを拾う。

「ポールに殴り殺されたんですね。はぁ、不用心にも程がありますよ」

 クロバラメイムは呆れた口調で、ケスバラレイムのローズヒップに語りかける。

「そろそろ替え時ではないですか、その体……」


 






















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