ブロンズのリューネ アンラッキー7

土田一八

第1話 聖女ルミアの場合

 ユーロリア大陸の西部に位置するオルゴニア王国。今、この国では新教派と旧教派との間における宗教戦争を端に発して異端審問の嵐が吹き荒れていた。所謂魔女狩りである。しかし、オルゴニアでの、この魔女狩りは敵対勢力への復讐や見せしめというよりも、気に入らない者を死に追いやる手頃で気軽な合法かつ常套手段だった。早い話、証拠も証人も要らず単なる言いがかりのでっち上げで留飲を下げるという気晴らし的娯楽の類に成り果てていた。



 ある日、教会に1人の女性が駆け込んで司祭に面会を乞う。ただならぬ話であった為対応した寺男は司祭に取次ぎ、司祭は礼拝堂の一角にある懺悔室で話を聞く事にした。

「聖女ルミアは魔女です」

「な、なんと⁉」

 女は、聖女ルミアが、病人の救済に失敗したと詳細を語る。その病人は、女の一人息子だった。

「ルミアは事もあろうか黒魔術を病人に施し、死に至らしめたのです!」

「…私の教区で異端者を出す事は神を冒涜したのと同じ。聖女ルミアは、瀕死の病人に救済と称して黒魔術を施したと言われるか?」

「その通りでございます。司教様」

「それならば、神の裁きが必要になりますな」

「ええ。そうですとも!…その前に、かの魔女を聖女として息子に病を診させた、この浅はかな母親の懺悔を聞いていただけますか?」

「もちろんですとも。神は、貴女の敬虔なる信仰心を以て悔いれば、必ずや貴女をお許し下される御心をお持ちですよ。安心なさい」

「ああ!神よ!」

 女は両手を組み、神に感謝するが如く天を仰ぎ見る。


 ……教会の天井だけど。


 嗚咽を漏らしながら白々しい女の懺悔がこれでもかと続く。やがて女は懺悔室から出ると薄汚い巾着を司教に差し出す。司教はそれを受け取った。寺男はそれの一部始終を見ていた。


 翌々日、ルミアは聖女を騙り黒魔術を病人の少年に施した異端の罪で逮捕された。そして取り敢えずの尋問が始まる。ルミアは必死に否定する。場所と役人が交代し拷問が始まる。


 拷問は実に多種多様である。手練れの拷問官は久々の上玉を前に邪な発想が脳裏にちらつく。


 まず、全裸にする。鎖の手枷を天井からぶら下げられた鎖にかけて吊るす。何度か尋問し自白が得られなければ、その都度手枷の位置は上昇する。そして拷問官はルミアの身体を弄ぶ。拷問とは単に直接的な苦痛を与えるだけではないのだ。人間は苦痛に耐える力を持っているからである。牢屋からは悲鳴ではなく嬌声が響いていた。

「今日の所はこの位にしておいてやる」

 拷問官は牢屋から出て行った。当のルミアは床に転がされたが、歓喜の表情を浮かべて身体をピクピクさせていた。

「はぁぁ。幸せ♡」

 何故なら他人の不幸せを自分の幸せにしてしまうアンラッキー7という彼女固有のスキルのせいだった。


 マーロ教理庁。

 教理取締を担当するウラリヌスはオルゴニアからの報告書を読み、指令書を書き上げていた。そして、リューネを呼んだ。

「今度はオルゴニアに行って貰いたい。詳しい事はこれに書いてある」

「はぁ。またですか?」

 何度もオルゴニアに行っているリューネはうんざりした表情で指令書を受け取る。

「すまないね。僕は中央ユーロリアへの対応で手一杯だし、動ける聖天使はリューネだけだから。頼むよ」

 ウラリヌスはウィンクする。

「はぁい…」

 リューネは仕方なく承諾した。


 リューネは空を飛んでオルゴニアに向かう。オルゴニアは別の聖天使の担当なのだが、ずっと戦争が続いていて常に人手不足の状態だった。リューネは北ユーロリアとナザロヴァ及びネルクスの担当である。これだけでも相当広い地域の管轄だった。北ユーロリアは小康状態を保ってはいるが、リューネの出身国であるズェーン王国の協力があっての事だった。

「さて、ここだけど…」

 夕方。オルゴニアのとある小田舎のはずれにある水車小屋で連絡員と落ち合う事になっていた。リューネは白いタペストリーの目印を見つけて地上に降り立つ。そして水車小屋に入る。

「お待ちしておりました天使様」

 中年の男性がリューネに声をかけた。

「あなたも大変ね」

「いえいえ。天使様に比べましたらお安い御用です」

 彼は妖精の母と人間の父との間に生まれた人間で妖精の力を持ち、姿を自在に変えられる技能を持つ最上級妖精であり、本来の姿は金髪碧眼の美少女でリューネより一つ下のネクロス人だった。今はリューネの部下であり、ウラリヌスの命令でオルゴニアに寺男に扮して教理庁極秘調査員として活動していた。

「天使様。まずは、腹ごしらえでも」

「ありがとう」

 寺男とリューネは食事しながら打ち合わせをした。



 そして、異端審問が開かれる日がやって来た。


 聖女ルミアは異端審問所である教会に引き出されていた。さすがに全裸ではなく黒っぽいワンピースを着させられていた。晒し台に繋がれ、陰裂や肛門に異物をぶち込まれただけでなく、拷問の時と違って何だか妙に身体が熱い。

「では、これより聖女を騙るルミアの異端審問を始める」

 異端審問官でもある司教が高らかに宣言すると聴衆から罵声がルミアに浴びせられる。結局の所、ルミアは自白しなかった。拷問官は散々ルミアの身体を凌辱したのだが

 自白に導く事は出来なかった。その為、状況証拠を以てルミアが魔女であり、異端であるという事を証明する事になったのだった。

「皆の者、静粛に」

 司教が木槌を叩いて聴衆を静かにさせる。落ち着いた所で審問が始まった。

「ルミア。お前は聖女なのか?」

「はい。そうです」

「ウソだっ‼」

 聴衆が騒ぎ立てる。

「静粛に‼」

 司教は木槌をバンバン叩く。異端審問ではよくある光景で、異端審問官である司教と聴衆はグルであり、聴衆の騒ぎは一種の演出装置なのだ。

「ルミア。お前は病人の少年に救済をしたのは事実か?」

「はい。そうです」

「では、何故、救済が成功せず、少年は死んでしまったのか?」

「私が連れて来られた時、既に彼は息絶えていました」

「ウソをつけ‼」

「何と!もう死んでいたのに救済を施したと言うのか?」

「いいえ。私は、息が絶えていた、と言いましたが、死んだ、とは言っておりません」

 聴衆がぎゃあぎゃあ騒ぎ立てる。司教は木槌をバンバン叩いて静かにさせる。

「では聞こう。息絶えたと死んだの違いは何か?」

「息絶えたは呼吸及び心臓の動きがが止まっただけであり、蘇生術をかけ、それでも心臓が動かず、呼吸を再開しなければ、その時点で死んだ、という事になります」

「では何故、救済を少年に施したのか?」

「私は彼が、息絶えた所を直接見ておりません」

「お前が殺したんだろう!」

「そうだそうだ‼」

 再び聴衆が騒ぎ出す。

「静粛に‼」

 司教は木槌をバンバン叩いて聴衆を静かにさせる。

「救済が成功しなかったのは、黒魔術だからじゃないのか⁉」

 司教は声を荒上げる。

「くっ。いいえ。違います」

「黒魔術のせいだ‼」

 聴衆は騒ぐ。

「いいや、違わない。ルミア。お前は魔女なんだろう⁉」

「いいえ。違います…」

 ルミアは身体をもぞもぞ動かす。さっきから胸の先端や秘部が妙に疼く。

「では、なんだこれは⁉」

 司教はルミアに着せたワンピースを力ずくで剥ぎ取る。ルミアの艶めかしい肉体が大衆の目前に晒された。

「うくく」

 そして太ももには陰裂からいやらしい体液が流れ伝わっている。そしてメスの匂いが鼻につく。

「なんだこれは⁉」

「私じゃない!」

「何を言っている!お前の身体からみんな出ているんだぞ!」

 司教は陰裂に刺さっている異物を弄り回す。すると、ビクビク身体が反応していやらしい体液を吹き出す。ルミアは堪らず悲鳴を上げる。

「いやぁ!弄らないで!」

 ルミアは拷問という調教を施されていて、最後は媚薬で仕上げられていた。感度抜群の状態になっていた。

「フン。こんな醜態を見せつけておいて何が聖女だ!貴様は悪魔と契約した魔女だ!」

 魔女!魔女!魔女!

 聴衆はリズミカルに騒ぎ立てる。

「今ここにルミアの正体が判明した!悪魔だと!判決を言い渡す!」

 司教は呼吸を整えて高らかに宣言する。

「ルミアを悪魔と認め、異端の罪により神の名に於いて火あぶりに処す!」


 その時、ピカッと光が唐突に光る。


「神を騙る貴様に神の名を騙る資格なぞ無し」


 司祭は光が消えると白化して塵となった。


                     おわり

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