Mission12 自分に素直に

「先程、わたくしの異能力の話をしましたわよね……?」

「うん、その話の途中だったよね」


 わたくしはベッドから出て、音宮先輩と同じように椅子に腰かけました。すぐそばにある机の上にはティーカップ。メイドに頼んで寄越させたものです。彼女たちはわたくしたちに気を遣っているのか、わたくしが命じたこと以上は何もせず、何も言うこともありませんでした。


 ……後で、謝罪とお礼を言わねばなりませんね……。


 ですが今は、目の前のことに集中せねばなりません。


わたくしの異能力は……脳内図書館ビッグデータ。『所属する組織の所持する書物の内容を、全て頭に取り入れることが出来る』……という異能力です」

「全ての書物を……!? すごい……」

「ええ。……先程の、わたくしの知識は異能力によるもの、という発言は、そういうことですわ」


 紅茶を飲み、喉を潤します。そうしたら、音を立てぬようティーカップを置き、静かに息を置いてから、再び口を開きました。


「しかし、その異能力の代償は……『激しい眠気に襲われるものの、眠ることが出来ない』、というものです」

「眠れない……」

「はい……そのせいでわたくしは常に睡眠不足で……すぐに苛ついてしまい、ああやって人に当たってしまうのです。……それも、言い訳に過ぎませんが……」


 自嘲気味に笑います。……こういう話は、逃避に過ぎないのでしょう。代償のせいにして、特にそれをどうにかしようと、本気で考えてはこなかった……。それを逃避と言わず、何と言いましょうか。


「……辛かったね」


 しかし音宮先輩は、そう言ってくださいました。


 わたくしは顔を上げます。音宮先輩はわたくしを見つめており、その双眼には、悲しみのような、心配のような、そんな色が浮かんでいて……。


「俺は毎晩ぐっすり眠れてるから、その辛さがどれ程のものか、正確には理解出来ないけど……辛かったでしょ。ずっと、そんな……」


 音宮先輩はそこまで言いかけて、口を閉ざします。そして、困ったように笑い。


「ごめん……上手く、言えないや」

「いえ……そう言っていただけただけで十分です。……ありがとうございます」


 辛かった。そう、共感してもらえた。

 家の者以外の方が、初めてわたくしのことを理解してくださった。


 わたくしはそれで……それだけで、本当にとても……とても、嬉しくて仕方がないのです。


「……あ、俺の異能力なら、氷室さんの役に立てるかもしれない」

「……え?」


 すると音宮先輩は、そんなことを言い出しました。わたくしが首を傾げると、彼は意気揚々と口を開きます。


「俺の異能力、1/fエフ分のいちゆらぎ、っていうので……生物が心地良いと感じる声が、歌うことによって出せる、っていうのなんだけど……それこそ、眠らせたり、怒りを落ち着かせることが出来るんだ」


 1/fゆらぎ……蝋燭の炎の揺れ、小鳥の囀り、川の流れる音など……そういう音に含まれるゆらぎのことですわね。わたくしもそれ以上詳しいことは知りませんが……。


 ……なるほど、合点がいきましたわ。そのお陰でわたくしは眠ることが出来て、先程の怒りも治められたと……。


「代償は、しばらく声が出せなくなるくらいで……氷室さんの異能力に比べたら、全然地味な異能力だけど……」

「そ、そんなことありませんわ! ……素敵な異能力だと思います」

「あ、ありがとう……それで、俺のこの異能力だったら……氷室さんの不眠症を解消出来るんじゃないかと思うんだけど……」

「……」


 わたくしは、黙ります。


 願ってもいない言葉です。というか、元よりそのために、わたくしは音宮先輩に近づいたのですから。


 これでいいではありませんか。この言葉に頷けば、わたくしは念願の安眠を手に入れることが出来ます。惚れさせる、なんて面倒なことをしなくとも。結果は付いてきましたわ。


 ……それなのに。



 ──それなのに、どうして。わたくしの口は動きませんの?



「……氷室さん?」


 何も言わないわたくしに、音宮先輩が優しく声を掛けてくださいます。目が合って、思わずわたくしは、あ、だなんて呟き、目を逸らしてしまいました。


 眠りたい。普通の人と同じように。そうすれば、わたくしはそこまで苛つくことはなくなるでしょう。きっと他の人とも仲良く出来るようになります。それは、本当ですわ。


 しかし、それだけではないでしょう? もう1人の自分が、わたくしにそう突き付けてきた……そんな感覚がしました。




 貴方は、音宮先輩に憧れの情を抱きつつも、それと同時に、胸が高鳴ったり、もっと一緒に居たいと、思ったのではなくて?


 それこそ、と、そう願ったでしょう?




「……!!」


 そんなこと、と反論しようとしました。しかしそれはあくまで、わたくしの生み出した幻影であり……何より、音宮先輩に見つめられ、何も言うことが出来ませんでした。


「……あの、ええっと」

「……うん」


 わたくしは言葉を探します。音宮先輩は、ゆっくりと待って下さいます。わたくしの口から出る、言葉を。


「……し、しばらく考えても、宜しいでしょうか……?」

「……うん、分かった」


 音宮先輩は笑い、頷きます。その優しい表情を見つつ、わたくしは。






 ──どう、しましょう。彼のことが好きだと……そう、気づいてしまいましたわ。

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