第3話 陛下と、お茶の時間。
ある日の昼下がり。
「またお顔を見せていただいて、誠にありがとうこざいます、陛下」
昼下がりのお茶の時間に姿を見せた皇帝に、リーファは浮き立つ気分を満面の笑みに変えて、東屋で待っていた皇帝の正面に置かれた席についた。
「後宮の寝所に過ごされれば、もっとご尊顔を拝見することが出来ますのに」
朱に塗られた卓の上には、すでに茶器が用意されている。
それに、陛下の今日のお召し物は赤地に金糸の刺繍が施されており、謁見用のものではなく普段着を着ておられるのが見て取れた。
昨日よりも似合っているように見受けられるので、もしかすると原色のお召し物の方が陛下にはよろしいのではないかしら、とも思う。
「今日はどのような御用でいらして下さったのですか? わたくしに会いに来ていただけたのであれば、天にも登るような気持ちになってしまいますけれど……」
そんな風にリーファがはにかんでいると、相変わらずずんぐりとした姿に糸目の皇帝陛下は、やはり遠慮がちにぽつりとお答えを返された。
「そなたに会いに来た」
「まぁ……!」
嬉しいお言葉を賜り、リーファは、言葉が出てこなくなってしまった。
死んでしまうかもしれない、と思いながら、泣かないように気をつけつつ、茶菓子が並ぶのを待つ。
口元がいつもより緩んでしまうのは、もうどうしようもなかったけれど。
「今日は、話さぬのか?」
「これは申し訳ございません……! 退屈でございますか!?」
「そのようなつもりで言葉を口にした訳では、ない。先日よりも口数が少ないゆえ、迷惑かと感じた」
「違います! その、嬉しさで言葉が飛んでしまいまして……この気持ちをどうお伝えしたらいいのかと……!」
「なれば、良い。そなたは不思議で、そしてどことなく、心地よい」
糸目の奥にある瞳は、相変わらず知性の光を湛えているが、どことなく今日は興味深そうにリーファを見ているようだった。
は、はしたないところを面白がられているのかしらっ!? と恥ずかしくなるが、陛下が面白いと感じておられるのなら、いくらでも受け入れて然るべき。
「今日は、この後のご予定は何か?」
「ない。ゆるりと過ごすことを望み、政務を午前で終えるよう、図らった」
「わ、わたくし如きのために、そのような……!?」
「自らを卑下するものでは、ない。そなたは美しく、聡明である」
身に余る光栄なお言葉……っ! と跳ね回りたい気持ちが出てくるが、出来るわけもなく。
なんとか、ポツリポツリと話しながら茶の時間を終えると、皇帝陛下はリーファにお尋ねになられた。
「何か、そなたが楽しめることなど、あれば」
陛下は言葉少なで率直だが、口を開けば一つ一つがリーファを気遣い、考えた上での投げかけをして下さる。
正直なところを言えば、黙ってご尊顔を眺めているだけでもリーファは幸せなのだが、それでは陛下が本当に退屈してしまわれるだろう。
楽を奏で、あるいは舞を踊って
それも陛下が楽しめるような……というところまで考えて、リーファは一つ提案をした。
「それでしたら、
その提案に、皇帝陛下は驚かれた様子を見せる。
「? どうされましたか?」
「そなたは、軍略を解すか」
「はい。もちろん、政務に口出しなどするつもりはございません」
それは盤上で駒を動かして、大将を詰む遊びだった。
元は行軍や軍の運用に関する戦略の肝である、地形を盤面に、弓兵や槍兵などを駒に見立てて要約したもので、男性の遊びと言われている。
リーファは、おそらく皇帝陛下は『何故、わざわざそれを覚えたのか』を疑問に思っておられるのだろう、と察して、ふんわりと微笑みながら言葉を重ねた。
「皇帝陛下がお強く、また好まれているとお聞きしたので、習ったのでございます!」
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