七番の席

柚城佳歩

七番の席

うちの高校には、生徒たちの間で囁かれる噂話がある。


“三年最後の席替えで、七組七番の席に座ると不運に見舞われる”


肝心の七番の席というのはどこか。

新年度、新しいクラスの座席は出席番号順になっている。この時七番の人が座っている位置こそ、噂にある七番の席だ。


このアバウトなんだか具体的なんだかよくわからない内容の噂は、それでも験を担いだり運気を上げたい受験生からするとある種恐ろしい噂である。


一体誰だ、こんな縁起でもない事を最初に言い出したやつは!

しかも七組以外は関係ないってなんなんだ!

大方、受験が上手くいかなかった人の八つ当たりではないかと疑ってしまう。


でも何年か前の先輩の中には、受験当日に熱が出たとか、買ったばかりの靴の靴紐が切れたとか、お気に入りのシャーペンが壊れたなんて人もいるらしい。


まぁ俺はどちらかというと、この手の噂も占いも信じないタイプなので、ただの偶然だろうと大して気にしていなかった。

具体例に挙げられた人もきっと緊張からくる体調の変化だったり、予言の自己成就という言葉があるように、“何か悪い事が起きるかもしれない”と考えたのが影響しているんだと思う。


それでも、受験を控えた大事なこの時期。

嫌な噂から避けられるのなら避けたかった。


「やっぱりこうなったか……」


三年最後の、延いては高校生活最後の席替え。

引いたばかりのくじを開くとそこには“七”と書かれた数字があった。

これがアラビア数字の7だったなら、もしかして1かも……!?と悪足掻きも出来たのだけれど、そういう事がないように、初めから七は漢数字にされている上、ご丁寧にルビまで振ってあるので間違いようがなかった。


俺は昔から、ここぞ!という時の引きが弱かったり、運が悪かったりするところがある。

くじの類いは当たりなんて出た事がないし、何かしらを賭けたじゃんけんでも勝てた事がない。

だから今回の席替えももしかして、と思ってはいたけれど、三十二分の一の確率のある意味当たりをこのタイミングで引いてしまうとは。


……まぁ引いてしまったものは仕方がない。

もっと前の時期だったならともかく、噂と重なる最後の席替えで、場所を交換してくれる相手がいるとは思えなかった。


さて、今まで回避出来ていたこの七番の位置には初めて座る事になったわけだけれど、実際に座ってみてわかった事がある。

この席、風当たりが強いのだ。

あぁ別に周りから非難されるとかじゃない。

文字通りの意味で、物理的に風が当たる。


各教室にはありがたーい事に、生徒たちが集中して勉強出来るようにとエアコンが設置されている。

ほとんどの席は普通にその恩恵に与っているのだけれど、一部、風直撃コースの席がある。

それがこの七番の席らしかった。


試しに風向きを変えてみたけれど、どう変えても当たる。何度調整しても当たる。

これじゃあ夏は寒いし冬は暑い。

外との気温差で体調を崩す人が出てもおかしくはないだろう。

熱を出したって先輩はこういうところにやられたんじゃないのか?

頼むから受験当日だけでも恙無く過ごさせてくれ!と強く願った。




嫌な噂のある七番の席と、運が悪い俺。

この組み合わせは歴代の誰よりもさぞ不運な事が起きるだろうと思われたのだが。


「当たった……」


アイスの当たり棒なんて初めて見た。

こういうものは俺の人生には縁遠いものだと思っていたから、なんかちょっと感動してしまう。


実はあの席替えをしてから、物理的な風当たりの強さ以外は以前よりも運気みたいなものが上がった気がしている。

アンラッキーどころかラッキーな俺の様子に、仲の良い友達は不思議そうに、思い切り首を傾げていた。

せめて隠す素振りくらいしろ、泣くぞ。

でも確かに、なんで俺は平気なんだろうかと疑問に思わなくもない。


やっぱり必要以上に噂を気にしていないからか?

でもそれだと悪い事は起きないかもしれないけれど、良い事も特に起こらないはず。

その後もいろいろ考えてみて、一つ思い付いた事がある。


掛け算の計算で、マイナス同士を掛けるとどうなるか覚えているだろうか。

答えはそう、プラスになる。


噂は噂だし、あくまで推測でしかないけれど、俺の不運体質と不運な七番の噂が掛け合わさって運気が上向きになっているんじゃないだろうか。

そう考えるのが一番しっくり来る。


「……だとしたら、今の俺って結構無敵じゃね?」


単純で結構。思い込みって案外大切だ。

それに、そう思うと気分まで上がってくる。

実は、駄目元で出願している大学が一つある。

もちろん行きたいから出願したのだけれど、俺の実力では合格ラインにギリギリすぎて、周りからやんわりと止められたくらいだった。

親からは試験を受ける前から既に記念受験扱いされている。

でも、調子の良い今の俺ならもしかしたらもしかするかも。




そして、奇跡は起きた。


「合格……、マジで?本当に受かってる!」


正直自分でも落ちたと思っていただけに、喜びも倍増だ。


“三年最後の席替えで、七組七番の席に座ると不運に見舞われる”


この噂には後日、新しい文が追加される事になる。


“ただし、元々不運体質の人が座ると、奇跡的な幸運が訪れる事もある”





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七番の席 柚城佳歩 @kahon

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