さくらの季節に願うこと

CHOPI

さくらの季節に願うこと

 今年も淡い薄ピンク色の花が風に舞う。制服に身を包んだ学生たちの泣き笑いが響き渡る。それを見る親を始め、学校の先生たちや塾の先生たちなどの大人たちもまた、涙ぐみながら笑っている。いたるところで開かれる旅立ちの儀式。


 自分はもう、学生という立場を終えて早数年。良くも悪くも自分から“終わり”にしないとそういう場面というものは無くなった。だからこの時期、街行く人々の中にそういう空気を感じると“あぁ、もうそんな季節になるのか”とようやく思いを巡らせることになる。不意に浮かぶのはいつもあの子の笑顔だ。……あの子は今、どうしているのだろう。


 自分がまだ制服を着ていた頃の話。同じ学年、同じクラス。気になる子が一人、いた。その彼女の少しウェーブがかっている毛先は『どんなに伸ばしても毛先がくるんって、丸まっちゃうんだー。天パひどいの』といつの日か愚痴めいた口調で漏らしていたことを覚えている。でも自分からすると、そのくるりと丸まった毛先が風に揺れている様を見るのが好きだった。


 彼女はいつもクラスの端にいて、決して自ら前に出る子では無くて、だけどその癖何故か存在感というものはあった。とても不思議な子だった。仲良くなりたい、と思っても話しかけづらい空気があり、そのくせいざ話しかけてみると、とても話しやすい子だった。


 彼女の意志の強そうな切れ長の目は美しく、それが柔らかく弧を描く瞬間を見るのが好きだった。彼女の冷たく聞こえる話し方が、実は緊張から声が硬くなっているだけだということを知った時、かわいいな、と思った。彼女の少しだけ冷たい指先が『ゴミ、ついてるよ』と自分の顔の埃を払ってくれた時、もっとその体温を知りたいと思った。気が付けば、自分の世界は、クラスの端にいる彼女が中心となって回っていた。


 そんな彼女といつの頃からか、自分を含めて数人で一緒に帰るまでの仲になっていた。そんな時、彼女から秘密の話を打ち明けられた。

「あのね、私。実は――……」

 まぁ実際、良くある話。彼女は、自分の横にいた友人のことが気になるといった。世の中そんなもんだよな、と変に達観していた自分はその時、なんて答えたんだっけ。だけど覚えているのは『まぁ、いいか。一番の仲良しでいられれば』ということだけだ。


 自分の手伝いがあっても無くても、きっと彼女は件の友人と仲良くなれたはずだ。無論、二人はいつしか交際を始めて、そのまま自分らはそういう関係性のまま学生時代を過ごして終わった。


 ドライだ、と言われたらそうなのかもしれない。だけど卒業を機に、彼女と連絡を取るのは止めた。一番仲のいい関係を作れた、その目的は達成されて、だからこれ以上一緒にいてもその関係性は変わらない。もう、どうでもいいと思ったんだ。たまに彼女から連絡が来れば。その程度にしか思っていなかった。だけど、彼女からの連絡も途絶えた。仲良しで作られたグループLINEは3月の、卒業式の日付を最後に誰もメッセージを送っていない。


 気にならないのか、と言われたら、気にはなる。だけど、連絡を自ら入れるほど気になるかと言われたら、そうでもない。会いたいか、と聞かれたら、特段会いたいとも思わない。でも、どこか、心の片隅。この時期になると何故か彼女を、そして彼女を中心とした自分らの“あの頃”を思い出す。


 薄ピンク色の花が舞う中、彼女が笑って、友人らが笑って、自分が笑って。その声が高い青空へと響き渡ったあの日々は、今でもずっと色褪せなくて。



 ――……どうか、みんなが、元気でいますように

 ただ、薄ピンク色の花に向けて、そう願った。

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