奇妙な祓い屋

国城 花

奇妙な祓い屋


私は、自他共に認める運のない人間である。


自分の目の前で商品が売り切れるなんて当たり前。

雨の日にコンビニで買った傘は十中八九壊れている。

自転車に乗れば必ずパンクするので移動はもっぱら歩きだが、歩いていると赤信号ばかり引っかかるので移動にはかなり時間がかかる。


そして仕事柄、そういった相談事はよく受ける。


『鳥の糞がよく頭に落ちてくる。これは怪異なのか?』


いいえ。鳥の仕業です。


『誰もいないのに棚から物が落ちてきた。ポルターガイストでは?』


棚の建付けが悪いだけです。


『どれだけ気を付けていても、足の小指を角にぶつける。何かの仕業ではないか?』


全人類がそういうものです。



しかし中には、”本物”らしき相談事も舞い込んでくる。


『駅前の近くにある小さな本屋に行ったはずなのに、何も思い出せないんです』


そう言って訪ねてきたのは、1人の高校生だった。


『本屋の場所も、店にいた人の顔も、思い出せないんです。昼間に本屋に行ったのに、気付いたら夜中になっていて…ぎりぎり電車には間に合ったけど、親にはめっちゃ怒られました』


自分の勘が、これは本物だと告げていた。


それから、駅前付近で話に聞いた本屋を見つけた。

助手に護符を持たせて本屋に行かせてみた。


当たりだった。


「黒髪に青い瞳の女と、白髪に赤い瞳の女か」

「どっちも美人でした」


本屋に行かせた助手は、思い出したように頷いている。

体躯にも恵まれていて頭も悪くないのだが、惚れっぽいところがこの助手の欠点である。


「白髪の女の方が、店の主のようです。中学生くらいの見た目でしたが、凄まじい殺気でした」

「どちらも人ではないのだろう」


人ではないものに、人の価値観は役に立たない。

子供の見た目でも、数百年生きている場合もあるのだ。


「それで、どうするんですか?」


男は、助手からくしゃくしゃになった護符を受け取る。

護符がこの状態であるということは、何かしらの攻撃があったということだ。


「人に仇なすものならば、私が祓うしかないだろう」



男は助手の案内で、奇妙な本屋へと向かった。


「今日はいいことがありそうだ」

「どうしてそう思うんですか?」


この男の運のなさは助手である自分がよく知っているので、機嫌の良い男を見て不思議に思う。


「朝、目覚ましが鳴らなかった。朝食にしじみの味噌汁を食べて石を噛んだ。新調した鏡が割れた。家を出る時、靴紐が切れた。歩いていたら転んで犬の糞に突っ込んだ。うちの事務所だけ停電した。昼食に頼んだ出前が私の分だけ来なかった」

「相変わらず不運まみれですね」


指を折りながら数えていた助手に、男はにやりと笑いながら尋ねる。


「全部でいくつだった?」

「7つです」

「7という数字は幸福の数字だ。不運も7つあれば、幸運に転じるだろう」

「はぁ…」


助手としてはよく意味の分からない説明だが、不運まみれなこの男が納得しているのならそれでいいのかもしれない。



駅前から少し歩き、細い路地の先に奇妙な本屋はあった。

扉に「開店中」という札がかけられていて、レトロな雰囲気がある。


扉を開けると、少し埃っぽい空気が鼻に届く。

本物の本屋のように本棚には本がぎっしりと並べられている。

店の奥に、奇妙な女が2人いた。


黒髪に青い瞳の美しい女は20代くらいの見た目だが、瞳と同じ色の風を身にまとっているのが見える。

白髪に赤い瞳の女は少女にしか見えないが、隣の女より強そうだ。


「お前たち、人ではないな」


ヨウは、店に入ってきた2人の男を見る。

見覚えのある大柄な男を従えた男は、ひょろりと線の細い30代くらいの男である。

手には何枚か札を持っているのが見える。


「お前も、ただの人ではないようだな」

「私は祖先が陰陽師でね。今は祓い屋のようなことをしている」


男は、手に持っている札を目の前に出す。


「店に来た客から、記憶を奪っているな?恐らく、時も奪っているだろう」

「何を証拠にそんなことを言っている?」

「そういう相談がうちに来ている。それに、古い文献で読んだことがある。”人の時を喰らい、自らのものとするもの。白髪に赤い目の鬼”。”人の記憶を喰らい、自らのものとするもの。青い目の麗しき姫”」


男は、ヨウとルイを見る。


「相まみえるのは非常に困難とあったが、まさかここでお目にかかれるとは」

「それで?」


ヨウは目の前の札を恐れることなく、男に話しかける。


「祓い屋が、人ならざる我らを退治しに来たということか?」

「そういうことだ」


ヨウは、かすかに眉を寄せる。


「我らは、確かに店に来た客から時と記憶を奪った。しかし、それは本屋としての対価だ。人に害を与えるようなことはしていない」

「私が、人ならざるものの言い分を信じるとでも?」

「話が通じる相手ではないわ。ヨウ」


ルイは、男を軽く睨みつける。

この男は、ヨウとルイを悪いものと決めつけている。

最初から退治するつもりでここに来ているのだ。


しかし、人ならざる青い瞳に睨みつけられながらも男はひるまなかった。


「人から時を奪うということは、寿命を奪っていることと同じだろう。記憶を奪うということは、思い出を奪うということと同じ。お前たちはほんの少ししか奪っていないつもりかもしれないが、人にとっては一瞬すらも二度とはない奇跡。それらを奪っているのだから、人を害しているのと同じだ」


男が持っている札の字が、ぼうっと浮き上がる。


「ゆえに、私はお前たちを祓う」


男が札を飛ばすと、それはヨウとルイの体に張り付く。


急急如律令きゅうきゅうにょりつりょ


札がカッと光り、辺り一面白い光に覆われる。



光がおさまった時、そこにヨウとルイの姿はなかった。


「うん。やっぱり今日はいいことがあった」


人から時と記憶を奪っていたものを退治できたのだから、良い日だった。


男は、助手と共に誰もいなくなった本屋を出た。



扉が閉まっても、鈴は鳴らなかった。


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