深夜に歩いているだけ

 会食を終えた二人は細い道を歩いていた。隠れた名店だと聞いた圭輔が予約を入れたはいいが、馬車が入り込めないような場所にあったからだ。

 爪の甘い圭輔を許嫁のフミは笑って許したのは恥ずべきことだろう。料理への賞賛の声を耳にしつつ、頷きつつ、味など全くしなかった圭輔は無理な笑いを貼り付けて過ごすしかなかった。街灯の光も届かない道に二の足を踏む己を叱咤してフミの先を行く。頭の中で話題をこねくりまわして、投げやりな気持ちで口にする。


「友人からの頼まれ事なのですが、少々いいでしょうか」

「貴方にも友人がいたのですね」


 圭輔は感心したように言われたことにへこみつつ、こんなことで落ち込んでどうすると戒めてから頷く。


「友人というより悪友なんですけどね」

「それは、ちょっと気になります」


 口に指をあてて、小鳥のさえずりのような笑い声が聞こえる。

 提灯を下げただけの暗闇のはずなのに、辺りが明るくなったような気がした。


「その悪友から無理難題を言われまして」

「圭輔様なら、何だってできるでしょう」


 半歩後ろを歩く艶っぽい流し目に圭輔が映る。早くなる鼓動を受け流すように圭輔は鼻から息をはいた。


「世界をまたにかける三浦商店ほどではありません」

「国を牛耳る財閥子息に持ち上げていただけるなんて光栄です」


 皮肉っぽい言葉にすんなりと返される。こういう時、圭輔は彼女が自分には勿体ないと思ってしまう。圭輔の商才なんて親の七光もいいところだ。


「願い事のお礼、楽しみにしてますよ?」


 黙りこくる圭輔に手をさしのべるように声がかかる。幾分かはずんで聞こえるのはおそらく気のせいではない。


「あまり期待しないでくださいよ」


 途方にくれたような声は、友人の頼みを伝える。


「西の果ての小麦を本条克哉かつやに卸してほしいと頼まれました」

「友人、て、あの本条家の子息だったのですか」


 フミが驚くのも当然だ。彼女の脳裏にも描かれているであろう友人は破天荒で型破りと名高い。圭輔も否定するつもりはなかった。


「……断っても構いませんよ」

「いえ、大事な友人の頼みですもの。つつしんでお受けします」

「……勿体ない」


 圭輔の呟きは、令嬢らしく聞こえないふりをされた。





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