いいわけ

井田いづ

第1話

 ほろほろと、もう桜の木が綻んだりしている春の日。男が二人木戸番小屋の上がりかまちに並んで座っている。小太郎と昌良まさよし──普段は暇つぶしに興じる暇人であったが、今日は浮かない顔である。


「言い訳を考えねばならん」

「言い訳? ああ、おみっちゃんかい」

「ああ。花見に連れて行けと言われてたのだが、忙しいから今度今度としていたのだが、おみつの中では先日に約束をしたことになっていたらしいのだ。その日ちょうど暇しているのを見られてな、店に行くなり鬼の形相よ……」

「正直にいえばいいじゃねえのかい。中途半端に気を持たせるからそうなるのよ。すっぱりサッパリとさ」


 馴染みの煮売屋の娘おみつは、昌良に好意を寄せていたのだが、昌良にはこれに応えるつもりはないらしい。しかしご近所というのもあり、是とも否とも言えていないのである。


「おぬしと所帯を持つつもりはないからやめろと?」

「ばかばか、どこに馬鹿正直にンな事を言う奴があるかよ! 例えばよ、同じモノを壊したでも、単にぶン殴ったのと偶然当たっちまったら……てのとは心象は違ェだろ? 結果は同じでも結構変わるもンさ」

「要は事を言い分ければ良いのだな」

「そういうこと。致し方ない理由がありゃ、しょうがねえかって気にもなるもんだろ」

「で、その致し方ない理由とは」

「ううむ、おれと飲んでた、だと弱ェな。避けられねェ決闘があったとかはよくねェかい? 刀持ちだしよ」

「いやいや、いいわけなかろう。むう……素直に詫びて、それとなく真意を伝えるほかないのか……」

「それが出来ンなら最初からそうしろって」

「変に傷つけずにだぞ? 軽く言ってくれるな」

「おみっちゃん、結構気性激しいからなァ」

「ぐぬぬ、しかし、下手な言い訳で火を吹かれるよりは……」

「だな。仕方ねェ、口添えもしてやれるしついてってやンよ」

「かたじけない……」


小太郎と昌良が火を吹かれるのはまた別の話。



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