第211話
清志郎を生んだ母、皐月は正義の人だった。
夫である清志郎の父、鏡志郎が医療ミスの隠蔽や、金をもらい患者に優先順位をつけていることを知り、訴えようとしていた。
皐月は夫が犯罪者になり、自身の名誉が地に落ちることも気にしなかった。
ある日、皐月は清志郎に言った。
「あなたのお父様は悪いことをしているの。悪いことをしたら裁きを受けなくてはならないわ。清志郎に辛い思いをさせるかもしれない。でも、私が守ってあげるから」
「そうなんですね、でも僕は、母さんさえいてくれたらかまいません」
「ありがとう、清志郎……今から私の言うことをよく聞いて」
皐月は、当時六歳だった清志郎に鏡志郎の罪をすべて話した。
清志郎は聡明で、幼な子でありながらそのほとんどを大人に等しく理解した。
その翌日、夜中に目を覚ました清志郎は、いつも隣に寝ているはずの母の姿がないことに気づき、家中を探して回った。
そして、倉庫に続く地下階段の前で、何やら怪しげな音を聞いたのだ。
清志郎が嫌な汗をかきながら忍び足で階段を下りて行くと、次第に荒い息遣いと、肉を捌くような湿り気を帯びた音が耳についた。
清志郎は倉庫の扉を薄く開いた。
微かに灯る明かりの中で、浮かび上がったのは紛れもなく父の姿だった。
父は夢中で、息子に覗かれていることに気づかなかった。
その手には母の長い髪が掴まれていた。
もうとっくに事切れていただろうに、父は人形のように手足をぶらりと床につけた母を、何度も何度も刺していた。
それもあろうことか、命を救うはずのメスで。
鏡志郎に自首してほしいと申し出た皐月——清志郎の愛と正義の象徴である聖母は、あっけなく息の根を止められた。
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