第164話

 激しく視界が回ると同時に、あゆらの手から離れた教科書や筆記具が床に散乱する。

 室内にいた清志郎はあゆらを連れ攫うと、片足でドアを閉めながら百八十度身体を回転させた。

 ドアを背に立つ清志郎の左手には、銀色に光る小さな刃物が握られており、その切っ先は今にもあゆらの頬に届きそうな距離にあった。

 さらには右手で脇腹を押さえ込まれ、あゆらは完全に身動きが取れなくなっていた。


「ようやく二人きりになれたね」


 こんな状況でも、あくまで穏やかな口調を保つ清志郎に、あゆらは身震いがした。

 恐る恐る視線だけを上げてみると、すぐそこにある清志郎の瞳はやけに透き通っており、それがまた恐怖心を煽った。

 ——狂っている。

 まるで邪心のない幼な子のような目で、彼は非道を尽くすのだ。


「……その目で、美鈴を、殺したの……?」

「やっぱり、きみは野間口くんと協力して、僕を追い詰めようとしているんだね。どうやったかは知らないけれど、ずいぶん真相まで近づいた様子だね」

「そうよ、あなたの人生は風前のともしびだわ、潔く自首してはいかがかしら?」

「……こんな状況になってもまだ悪態つく余裕があるなんて、見上げたものだね。だけど残念ながら、その台詞……そのままきみに返してあげるよ」

「なんですって……?」


 どんな意図があって言っているのか、清志郎の表情からは読み取れない。

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