第155話

「私……ずっと美鈴さんのことが気になっていたんです。私の身代わりになって苦しんでいるはずの彼女に、何もできませんでした。まさか殺されてしまうだなんて……私にできることならなんでもします。でも決して私は自分の意思で引っ越したわけではありません。そうしなくてはならなかったんです」


 和美は核心を話し始めた。


「私がクラブで働かされている頃、ふと休もうと裏口に行ったんです。売り物にされている女の子たちが出入りする場所です。そこで私は帝くんと一緒にいる“その人”を見ました。そして聞いてはいけない話を知ってしまったんです。私は彼に気づかれてしまいました。あの時の睨みつける目は忘れません……帝くんが可愛く思えるほど、恐ろしかった」


 和美は当時の恐怖に身体を固くしながら、慎重に言葉を進めた。


「最初はその人もお客なのかと思いましたが、違いました。その翌日、我が家にその人から電話がありました。引っ越しの手筈てはずは整っているから、二度とこの件に関わらないよう姿を消せと、圧力をかけられたのです。美鈴に本当のことを話したかったけれど、重大な秘密を教えてしまえば、美鈴にさらに迷惑がかかるかもしれないと思い、できませんでした。だって敵は私たちのような子供じゃない。政治に詳しくない私でも知っているようなあの人だったのですから」


 そしてついに志鬼は、和美から秘密の話を聞く。

 志鬼の悪い予感はよく当たる。

 今回ばかりは外れてくれと願ったが、現実はそう甘くはなかった。


 それは、あゆらにこの件から身を引けと言いたくなる残酷な事実だった。

 故に、志鬼は苦しんだ。

 あゆらのために真実を打ち明けるべきか。

 あゆらのために嘘をつき隠すべきか。

 本当の意味であゆらの心を守るためにはどうすれば一番よいのか、志鬼は究極の選択を迫られた。

 あゆらを思えば思うほど答えはなかなか出ず、志鬼は悩みに悩み尽くした。

 それは、発熱してしまうほどに——。

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