第146話

 今更ながらにそんなことを思い出したあゆらだったが、それが事実であったとしても多くの少女を貶め、美鈴の命を奪っていい理由にはならないと同情はしなかった。

 しばし二人の間に沈黙が訪れたが、それを破ったのは清志郎だった。

 彼は先ほどまでとは打って変わって、また天使のような笑みを浮かべた。

 まるで二重人格ではないかと、あゆらの肌が粟立った。


「勘違いしないでほしいんだけど、僕はあゆらさんに敵意なんてないからね。この話を幸蔵さんに持ちかけたのは僕からなんだから」


 あゆらは顔を顰めた。

 父からの提案だと思っていたのに、まさか清志郎からだったのか、と。


「……あなたなら引く手数多でしょうに、わざわざそんなことをするだなんて、私のことが好きなのかしら?」

「そうだよ。好きだから結婚したいんだ」


 嫌味に吐いた台詞を当然のように肯定され、あゆらは開いた口が塞がらなかった。

 自分が殺した人間の親友に、一体どの口が言うのか? 

 憎まれているということが理解できていないのか?

 演技か、それとも本気か?

 ——いずれにせよ、清志郎には“ひと”として大切な何かが欠落していた。


「だとしたら、私は帝くんに謝らなくてはいけないわ」

「何をだい?」

「私……あなたのことが大嫌いだから結婚はできません」


 歯には歯を。こうなれば清志郎よりさらに優しい笑顔を持って、酷なことを口にして見せようと実行したあゆらに、清志郎の精悍せいかんな眉がピクリと動いた。

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