第140話

 支え合いたいなら、一人で立つことのできない人間が志鬼の隣に立つ資格などない。

 そう思った時、清志郎が強引にあゆらの肩を抱き寄せた。


「皆様申し訳ありません。僕の将来の奥様は緊張してうまく言葉が出ないようです」


 勝ち誇ったように壇上で告げる清志郎に、志鬼の顔が険しくなる。頭に血が上り、こめかみに血管が浮かび上がる。

 

 しかし、あゆらは違った。

 志鬼以外に触れられたことで一気に熱が下がり、えた脳内は研ぎ澄まされた切っ先のように標的を定めた。


「嫌だわ、帝くん」


 そう口にしたあゆらは、肩に置かれた清志郎の手を優しく、だが確実に払い除けた。

 そしてマイクをしかと握り直し、余裕の笑みで清志郎に述べた。


「私に指一本でも触れるのは、正式に婚姻を交わしてからとのお約束でしたでしょう?」


 もちろんそんな事実はなかったが、あゆらは前を見据え、出席客全員に語りかけた。


「皆様もご存知のように、私は厳格な父に清く正しくあれと育てられてきました。ですので妻になるまでは、殿方との触れ合いは一切禁止にしておりますの。その方が夫婦となった時の楽しみもできるというもの。紳士淑女の皆様にはご賛同いただけますわよね?」


 あゆらの少し得意げで冗談混じりの口調に、客たちは顔を見合わせ愉快そうに笑った。


「これは清志郎くんの負けですな」

「あゆらさん、意外と恐妻家になるかもしれないわ」


 そんな台詞が飛び交う中、あゆらは清志郎に再度話しかけた。

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