第139話

 こんなのは、吊るし上げではないか。

 志鬼が一体、何をしたのか。

 生まれた家が悪かったのか、運のない自分自身を呪うしかないのか。

 そんな理不尽な理由で彼が侮辱されるなど、あゆらはには耐え難い光景だった。


 志鬼は苦悩していた。

 今すぐ帰れば後ろめたいことを認めてしまうことになる。かといってこのまま居座れば、焦がれるあゆらと憎き清志郎の婚約パーティーを見守らなくてはならない。

 本音を言えば、あゆらの気持ちを踏みにじる清志郎もあの父親も、ぶん殴って彼女を連れ攫ってしまいたい。

 だがそんなことをすれば、あゆらの立場が厳しくなることは目に見えていたため、志鬼は奥歯を噛みしめ、堪えていた。


 清志郎はそれをすべて計算した上で志鬼を呼んだのだ。

 身の程をわきまえろと、あゆらはお前が手の届くような存在ではないと、男のプライドをズタズタに切り裂き、心を折るために。


 清志郎は生まれながらにして、あゆらと釣り合う地位と名誉、そしてそれに伴う周囲からの祝福というものを持っていた。

 それはどれだけ志鬼が努力しようとも、決して手に入るものではなかった。


「さあ、あゆらさん、皆様にご挨拶をどうぞ」

「えっ……」


 清志郎にマイクを渡され、あゆらは小さな悲鳴に近い声を漏らした。

 どこまでも、この男は自分の欲を満たすためには手段を選ばない。


 そんな中、マイクを持つ自身の震える手を見たあゆらに、ふとある考えが過ぎった。

 窮地に立たされた時、いつも自分はどうしていたのか? 自分はいつも、そうだ。


 ――私はいつも、いつもいつも、志鬼に助けてもらってばかりで——。

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