第119話

 それでも志鬼は止まらない。それどころか、あゆらを振り返ることもせず、無言で足早に進んで行くだけだった。


 あゆらの胸は不安に蹂躙された。

 自分が不甲斐なさすぎて、志鬼にあきれられてしまったのかと、もしや嫌われてしまったのかと、悪い考えばかりが駆け巡った。


「志鬼……志鬼ってば、聞いてるの!?」


 あゆらは必死に呼びかけながら、志鬼の広い背中を追い続ける。


「何を怒っているのよ!?」

「……別に、怒ってない」

「嘘よ、怒ってるじゃない!」


 ようやく一言返した志鬼が立ち止まったため、あゆらは急いで志鬼の前に出た。

 そして、そこで見上げた志鬼の顔に驚くことになる。


「……ほんまに怒ってない……拗ねてるだけや」


 呟くようにそう言った志鬼は、眉を下げ寂しげな表情をしていた。

 先ほどまでの威勢はどこに行ったのか、捨てられた子犬のようになってしまった志鬼に、あゆらは不謹慎ながらも可愛い、などという感情が湧いてしまった。


「俺があゆらをああいう場所に連れて行きたくなかったのは、あゆらに怖い思いさせたくなかったのもあるけど……別の顔知ったら、俺のこと嫌いになるんちゃうか、って思ってたからや」

「え……?」

「店に入ってからずっと不機嫌やし、あんなところに慣れてる俺見て、引いたんやろなって。まあ、それが当たり前でまともな反応やろうけど」

「ちょ、ちょっと待って、志鬼」

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