第100話

 一度立ち止まった志鬼が、あゆらを振り返ると口に人差し指を立て言った。

 志鬼の真剣な目に気を引き締めたあゆらは頷くと、口を固く結んだ。


 街灯が少なく人気ひとけもない裏道には、店らしきものも見当たらず表通りとは違った空気が漂っている。

 やがて古びた建物と建物の間に、注意深く見ていないと気づかないような地下へ続く階段が現れた。

 志鬼を先頭に、二人は一段、また一段と冷たいコンクリートの地面を踏みしめるように闇の増す世界へ足を進めた。

 狭く長い階段を降りると、黒い扉が二人を待ち構えており、そこに取りつけられた銀色の看板には“club assam”の文字が刻まれている。

 志鬼はopenのプレートがかけられたノブを捻り、手前に引き寄せた。


 扉を開くと同時に一気に溢れ返る大音量の曲。これだけであゆらは反射的に身体をびくつかせてしまった。

 大勢の男女が所狭しと集まり、踊り狂う姿。その奥で弾けるように声を上げ、曲を流すDJ。紫、赤、青と目まぐるしく移り変わる照明。すべてがあゆらにとっては初めてで、思わず挙動不審になってしまう。

 しかし志鬼は、ここでもやはり堂々としていた。まるで常連客のように、人の間を縫い突き進んで行く。

 身体の大きな志鬼が半ば強引に道を開けてくれるので、あゆらは彼を見失わないよう必死に後に続いた。

 

 志鬼が一直線に向かった先は、店内の端に位置する対面型のダイニングテーブルだった。

 壁沿いに瓶に入った多数の酒が並んでおり、その前に白いシャツに黒のネクタイを締めたバーテンダーの男性が三人いた。

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