第99話
細く薄暗い路地裏を、地元でもないのに志鬼は迷いなく突き進んで行く。まるで道を知り尽くしているかのようだ。
「志鬼、この辺りに詳しいの?」
「……いやあ? 今日で来るの三回目やな。一回目は引っ越してすぐの時、二回目は探偵のおっさんに結果報告もらって店の下見に来た時」
「もう、そんなことをしていたの」
「一応、自分の住む辺りと行きそうな繁華街とかの地理は頭に入れとこうと思って……そうそう、それで散策してた時にあゆらに出会ったんやで」
「そ、そうだったのね……!」
志鬼は地元では喧嘩など日常茶飯事だったため、騒ぎになり警官に追いかけられることも珍しくなかった。そんな時裏道に詳しいと楽に逃げることができるため、地理を覚えておくと何かと役に立つと知り、こちらに来てからもまずそうしたのだ。
しかし、志鬼にとっては喧嘩など可愛いものである。組長の息子というだけで恨みを買い、敵対するその筋の人間から命を狙われることもあった。遠く離れたこの土地ではそんな心配もないが、染みついた習慣というものはどこに行ってもついて来るのだ。
とは言え、志鬼はあゆらに心配をかけたくなかったため、このことは自分の胸の内にしまっておいた。
「すごいわね、私は地図はあまり得意じゃないから」
「しっ! もう着くから、ここからはおしゃべりは厳禁やで。どうしても話さなあかん時は帽子深くかぶって俯き加減に低い声で、一人称は“俺”や、わかったな?」
「……了解」
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