第66話

 萩原家を出たあゆらは志鬼が待つアパートの入り口に向かった。

 しかし、壁から一つ突き出ているはずの頭が見えない。

 

 不思議に感じたあゆらは訝しげな表情で歩み寄ると、壁の外側に顔を覗かせた。

 すると下から驚きの声がする。

 

「うわっ!? お、思ったより早かったな」

「何して……」


 あゆらが視線を落とした先には、ヤンキー座りで猫じゃらしを振る志鬼がいた。

 そしてそれに夢中でじゃれつく白い子猫。


「いやっ、なんか寄って来たからこう、しっしって追い払おうとしてたんや!」

「思いっきり猫じゃらしで遊んであげてたわよね……?」

「しーっ! そういうんは俺のイメージが崩れるから!」

「誰に言ってるのよ」

「はあ……この目はあかんよなあ、反則やわ。なんか足も悪そうやし」


 ナゥナゥと、か細い声で鳴きながら志鬼の足に擦り寄る子猫は、右足が短く、歩き方がぎこちなかった。

 思わず同情したあゆらも膝を畳んで子猫をよく見た。


「本当ね、怪我をしたわけではなさそうだし、生まれつきかしら」

「足が変やから捨てられたんやろな」

「そんな……」

「金儲け目当てで品種改良しまくってる悪徳ブリーダーもおるし」

「そう、なのね……志鬼はなんでもよく知っているわね」

「知らん方が幸せな暗い部分だけな」


 そう言うと志鬼は子猫を抱っこしながら立ち上がり、なんと自分の胸元に入れた。黒のアンダーシャツから両手と顔だけ出した子猫は嬉しそうに、ナゥ、と鳴いた。

 あゆらが立ち上がると、ちょうど子猫と同じ目線になった。

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