第64話
母の名を出されたあゆらは、苦い表情をした。
「あの人は私のことなんか心配しませんから、大丈夫ですわ。いつも自分のことばかりで」
「あゆらちゃん……それは違うわよ」
「……え?」
「確かに杏奈さんは幸蔵さんの言いなりになって、娘のあなたからすれば腹立たしいこともあるかもしれないわ。でもそれはあゆらちゃんを守るためでもあるのよ」
あゆらは目を丸くし、鈴子を見た。
「杏奈さんから、幸蔵さんに暴力を振るわれていると聞いたことがあるの。でもあゆらちゃんを置いて逃げられないし、自分だけでは今の裕福な暮らしをさせてあげられないから、あの家で耐えるしかないと話していたわ。自分が逆らえば、あゆらちゃんにまで危害を加えられるかもしれないから、我慢するしかない、と」
あゆらは、自分の耳を疑った。
なぜならこの時まで、母が父から肉体的な暴力を受けていると知らなかったからだ。だとすれば、杏奈があれほど幸蔵の顔色を窺っていたのも納得がいった。杏奈はあゆらに気づかれないよう、その事実をひた隠しにしていた。
母は叱咤ごときを恐れ、自分を守るために怯えながら生活していると思い込んでいたあゆらは、浅はかな考えを恥じた。
「杏奈さんはね、うちが事業に失敗してからも、たまに連絡をくれていたの。今もよ。幸蔵さんにはわからないように、内緒でね」
身体を小さくしていたあゆらに、鈴子は優しく言った。
その穏やかな目尻が美鈴と似ていて、あゆらは泣きたくなった。
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