第55話

 教室中がざわめく。

 当然だ。一目見ただけで、毛色が違いすぎるとわかる。それはまるで、飼い慣らされた血統書つきのペットの中に、野生の猛獣が放り込まれたような違和感だった。


 ——志鬼……!

 と、あゆらは思わず叫びそうになった口を抑えた。


 女教師の隣に立った志鬼は、早々と自らの名前を黒板に書き記した。


「ええ、と、彼は」

「野間口志鬼、野間口組七代目組長の長男です、どうぞよろしゅうに」


 それを聞いた生徒たちのざわめきが悲鳴に近いものになる。

 まさか最初からそれをカミングアウトしてしまうのか、とあゆらも驚いたものの、すぐに志鬼らしいと妙に納得してしまった。


「の、野間口くん、それは言わない約束なのでは」

「ええ、そうでしたっけ? すみません先生、俺頭悪いから忘れてましたわ」

「ああ、みんな落ち着いて、別におうちがそうだと言うだけで、何もない、とは思うから」


 混乱する教師と生徒たちを前に、志鬼は至極愉快そうだった。

 しかし、そんな中でも一人、まったく動揺を見せない生徒がいた。

 最前列に座る、清志郎である。

 彼は興味ないという風に、目を閉じたまま自分の世界に入り頭の中に流れるバイオリンの曲を聴いていた。


 ――こいつはなかなか手強そうやな。


 敵として厄介なのは力の強さではなく頭のよさだということを、生い立ち故に嫌でも理解していた志鬼は、明らかに他の生徒たちとは違う清志郎をマークした。

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