第42話

「名前呼んでくれて嬉しいし、俺でええならなんでも聞くで」


 そう言って歯を見せて笑う志鬼はどこかあどけなく、あゆらの警戒心という名のもつれた糸を解かしていった。


 あゆらは志鬼にすべてを話した。

 時折息を詰めながら、たどたどしくも、政治家の岸本幸蔵の娘であることや、育った家庭環境から美鈴との関係、清志郎の奇行と今に至るまでの経緯を——。


「……私が、美鈴を遠ざけていなかったら、美鈴が犠牲になることは、なかったかもしれない。お父様に言われたからって、離れていなければ……美鈴が他の友達を庇うと言った時に、何かできたかもしれない。もっと早くに、美鈴の苦しみに気づけていたかもしれない。昨日……私が、もっと、強引に止めていれば……学校なんて来なくていいって、帝くんと会わせなければ……っ」


 あゆらの口から止めどない後悔の念が溢れ落ちる。膝を抱え、次第に目頭が熱くなる。


「……溜め込んだら後でひずみが来る、と俺は思う」


 それまで黙して聞き役に徹していた志鬼が初めて口を開いた。


「全部吐き出せ、いくらでも泣け、俺のことはかっこええ銅像やと思って」

「は……な、に、それ……」


 志鬼のあえて空気を読まない冗談めいた優しさが、あゆらの中で張り詰めていた糸を切った。


 あゆらは泣いた。

 この世に生を受けた赤子あかご以来ではないかと思うほど、なりふりかまわずに涙を流し、声を上げ、泣いた。

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