第40話

「名前なんて言うん? 名札には苗字しか書いてないからわからん」


 志鬼はあゆらの胸元についたバッジを示すように、自身のそこをとんとん叩いて見せた。志鬼のシャツには、まだ名札はついていない。


「……あゆらよ、岸本あゆら」

「珍しい名前やな、どんな字書くん?」

「平仮名よ、あまり気に入ってないの、せめて漢字が欲しかったわ」

「そうか? 平仮名の名前、丸っこくて柔らかい感じしてええやん、可愛い」


 名前については小さな頃クラスメイトに変だと言われたこともあり、いい記憶がなかった。

 しかし志鬼に褒められると急に価値が上がった気がして、あゆらはそんな風に思う自分に驚いていた。


「あなたは、どんな字を書くの?」

「俺なんかこころざす鬼やで、暴走族の夜露死苦のネーミングセンス並みにやばいやろ」

「そんなことはないと思うけれど……」


 それを聞いたあゆらは口元に手をやり、少し考えてから言った。


「確かに鬼は怖いイメージもあるけれど、人には到達できない力や知恵を持った強い存在を表す言葉でもあるから、悪い意味ばかりではないと思うわ」

「……ほう。俺の名前にそんなええこと言われたん二回目やわ」

「そう、なの?」

「ああ、幼馴染で親友やった奴や」


 過去形で口にした志鬼の横顔は、どこか寂しげだった。


「もうこの世におらんけどな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る