第36話

 あゆらは戸惑いながらも志鬼に歩み寄ると、スカートのポケットから出した白いレースのハンカチを渡した。


「なんかものすごい気を使う高そうなハンカチやけど」

「かまわないで、差し上げるわ」

「あ、そう……ほな、遠慮なく」


 そう言ってお茶をこぼした部分を拭う志鬼の隣に、あゆらは腰を下ろした。

 あれほど誰にも会いたくないと思っていたのに、なぜか彼とは離れたくないような気がしたのだ。

 なんとなく視線を落とすと、白いコンクリートの地面に並べられた食べ物が目に入る。

 右から、焼き鮭のおにぎりに、サーモンのお寿司、鮭マヨサンドイッチ……


「……鮭ばっかり」

「そうやねん、鮭好きやから」

「そ、そうなのね、これってコンビニの袋かしら?」

「そうやで、ようわかったな、お嬢様には無縁の店やと思ったけど」

「……内緒で買いに行ったことがあるのよ、お父様に知られると叱られるから」

「ほう、そらお嬢様も大変やな」


 志鬼はシャツにある胸ポケットにハンカチを詰めると、また食事を始めた。

 大きな口が開き、あれよあれよと豪快に食べ物を平らげていく。 

 あんなに近くで遺体を見た後で、よくそんなに食が進むものだと、あゆらは半ばあきれたような、感心するような気で志鬼を眺めていた。


「……で」

「え?」

「あれから暗い場所、一人で通ってないん?」


 食事が一段落した志鬼はペットボトルのお茶を飲み終えると、あゆらを見てからかうように笑いながら言った。

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