第32話

「あなたよ! あなたがやったに決まっているわ! 美鈴は自分の命を粗末にするような子じゃない! 私は見たのだから、あなたが女の子をターゲットにいじめよりひどい行為をしていたことを! よくもそんな平然としていられるわね!? 恥を知りなさいよ!!」


 あゆらの怒声は体育館から外へも響き渡った。

 それを聞いた生徒や教師たちは一瞬驚きの表情を見せたものの、すぐに冷静さを取り戻し、互いに顔を見合わせたり、ため息をついたりした。

 騒ぎになればどれほどマシだっただろう。問題は、誰も真剣にこの現実を探ろうとしないことだった。


「あゆらさん、おかわいそうに、萩原さんが亡くなったのがよほどお辛かったのですわね」

「確か幼馴染だとおっしゃっていましたものね、気が動転してしまうのも無理ないですわ」


 あゆらを両脇から止めていたみどりと京子が、聞き分けのない子供を宥めるかのように言った。


「ち、違うわよ、私は嘘なんてついてないわ、みんな、聞いて、本当に」

「いい加減にしてくれよ、下手したら名誉毀損で訴えられるぞ」

「自分が辛いからってなんの罪もない帝くんに八つ当たりするだなんて、許されませんわよ」

「いいんだ、みんな」


 あゆらを責め立てる声を遮ったのは、清志郎本人だった。彼はいつもと変わらぬ笑顔をあゆらに投げかけた。


「僕を罵倒して岸本さんの気持ちが少しでもやわらぐなら、喜んで」


 岸本あゆら、十六歳——本物の悪人は、善人の皮を何百枚も被っていると知った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る