第2話 「時間は、おれに対してやさしくない」
結果として、手術はうまくいった。
おれの筋肉は拒絶反応もなくシノの体内におさまり、おれには最新型人工筋肉が入った。最新型だけあって何のトラブルもなくスムーズに動いた。
あとは、定期検診を受けつづければいい。
何の問題もなく、日々は過ぎた。
だが4年後の検診で、主治医は言った。
「……大変残念ですが、内臓に変異が見つかりました」
「内臓?」
「腎臓です。筋肉と同じく、次第に機能不全になっていきます」
「人工腎臓は……?」
「シノさんの場合は使えません。拒絶反応が出ます。
ただ腎臓はだれでも二つ持っています。片方だけでも生存に問題はありません。日常生活に多少の制限はかかりますが」
「おれの腎臓を移植することは可能ですか?」
医者はうなずいた。
迷いはなかった。おれの腎臓はシノの体内に入った。
さらに1年後、残った腎臓にも問題が出たが再度の生体移植で乗り切れた。おれの腎臓はふたつともシノの中に、おれは人工腎臓になった。
問題はない。
そして人生は、やさしくつづく。
さらに5年のあいだに変異は続いた。おれの内臓はひとつずつシノの体に入っていった。
肺、肝臓、小腸。
このへんの臓器はある程度のこせば、おれの体内で再生や機能代替が可能だったが思いきってぜんぶシノに移植した。
おれは人工パーツで何の問題もなかったからだ。
子宮を切除するときだけは、どうしようもなかった。おれには移植してやる子宮がない……。
シノはわずかに涙ぐんだだけで、
「かわりに木を植えましょう」
といった。
おれたちは小さな桜を庭に植えた。名前は『プルヌス』。ソメイヨシノの学名、プルヌス・エドエンシスからつけた。
いってみたら、おれたちの娘だ。
ふたりで毎日、プルヌの世話をした。
それからも病は静かに進んだが、おれの生体を移植することでシノは生き延びていった。
胃、大腸、すい臓、十二指腸。声帯、舌、眼球。
おれのすべてがシノになり、シノはおれに近づいた。
おれたちは、ふたりでひとりだった。日々を分け合う、共有するよろこび。
もう一度言う。
だいじな人間とともにあることほど、だいじなことはない。
ただ、シノが生きていれば、それでいい。
それで――よかったんだが。
シノは少しずつ、老いていった。
皮膚がやわらかくたるみ、目じりに皺ができて笑うと、くしゃっとなった。かわいいと思う。
腰や膝、肩に痛みが出てきた。筋肉に問題はなくても動きが緩慢になった。おれは意識してゆっくりと動くようにした。
なぜならおれの体はほぼすべてが人工パーツに交換されている。人工物は老いていかないからだ。
時間は、おれに対してやさしくない。
老いという静かで豊かな時間は、ほぼサイボーグ化したおれには許されない贅沢だった。
人工筋肉はなめらかに動く。このさき100年のスムーズな稼働が約束されている。
そして、最初に移植から50年後。
シノは78歳。この世の何よりも清らかなまま老いていく。
なのに、おれの体は50年前のままだ――。
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