ただ、筋肉痛が辛いだけ
こうちょうかずみ
ただ、筋肉痛が辛いだけ
「お前、筋トレ始めたんだって?」
「ん?あぁそうなんだよ!」
何の変哲もない高校の放課後。
部活だなんだと人が去り、静まったクラスに二人、男子が居残っていた。
「二組の山田、中学の時はあんなにモテなかったのに、今や美人の彼女持ちだぞ!?」
椅子に後ろ向きに座り、熱心にこちらに語りかけてくるのは、同クラの航大。
永年帰宅部、彼女いない歴=年齢の悲しき男だ。
「まぁ、あいつは高校デビュー完璧だったからな。髪切ってイメチェンしたら、意外と顔が良いのがわかって――」
「やっぱり筋肉なんだよ!」
「――は?」
とんちんかんな論理に、俺は口をあんぐりと開けた。
「あいつ、高校入ってから弓道部入っただろ?」
「あん」
「中学じゃあいつ、帰宅部だっただろ?」
「おん」
「どっちかというとぷよっとしてただろ?」
「うん」
「部活入って筋肉付いただろ?」
「ふん」
「モテただろ?」
「――だから、筋トレしたらモテると?」
「そういうこと!」
「馬鹿だろお前!!」
自信満々な様子の航大に、盛大なツッコミが冴えわたる。
「なんだ?そんな馬鹿正直に。ムキムキになったとしても、中身がそれじゃあ意味ねぇだろうが」
「あぁん?その言い草じゃあ、俺が山田よりも人として劣ってるって言ってるみたいじゃねぇか!」
「そう言ってるんだよ!」
駄目だこいつ。
諦めも肝心。
この話、別に長引かせるほどのことでもないし。
「ったく、それにしても、お前のその行動力はどうなってるんだか。そういえば、前も“モテたい!!”って言って、ダンス始めようとしてなかったか?」
「あのときは、学年でダンス部がモテてたから」
「流行りに流されすぎなんだよ」
ダメだダメだ。
こういちいち話に突っ込んでいったら、終わる気がしない。
俺ははぁとため息をついた。
「で?筋トレって言っても何やってんの?」
「え?別に、普通に毎日腹筋、背筋、腕立て、バーピー、スクワット――」
「まぁまぁちゃんとやってるな」
「あとプロテインも飲んでるぞ?」
――やるとなったらちゃんとやるんだよな、こいつ。
それを別の方向で活かせれば、もっとモテるんだろうに。
「はぁ。俺にはその行動原理は理解できねぇなぁ。そうやって頑張ったとしても、アピールする機会もなしに、どうやって彼女作るつもりなんだよ」
「あ?そんなの、向こうから寄って来るに決まってんだろうが」
―――。
「まぁいいよ。せいぜい頑張りなさい」
「なっ!なんだよその上から目線は!!」
なんかもう、相手するのも疲れてきた。
「――利樹!」
そのとき、廊下のほうから声がした。
見ると、ドアから一人の女子が教室を覗いている。
「今日なんか部活休みになった。一緒に帰ろ!」
「ん、わかった」
そういうと、利樹はかばんを取り、すっと椅子から立ち上がった。
「じゃあな、航大」
「――おう」
仲睦まじいその背中を見て、俺は思った。
中学高校帰宅部。習い事も一切せず。
小学校一年で出会ったクラスメイトの彼女と付き合うこと、かれこれ6年。
そういやこいつが一番の勝ち組だった、と。
一体あいつのどこに、モテる要素があったのだろうか。
小中高と9年以上一緒にいるのに、未だそれに気づけない俺とは――。
「はぁ」
深くため息をつき、俺はそっと筋肉痛の腕を撫でるのであった。
ただ、筋肉痛が辛いだけ こうちょうかずみ @kocho_kazumi
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