8月19日(金)#3
「夏が終わっちゃうなあ……」
そう呟いたら、小さな声だったのにはくびには聞こえていたようで、「そうだね」と優しく拾ってくれた。
「花火がどんどん減ってく感じ、ちょっと寂しい」
新しい花火を手に取って火に触れさせながら、素直な気持ちが溢れる。
バスケを始めてから、夢中になれるものと出会って楽しかったけれど。部活中心の生活になり、夏らしい事をほとんどしなくなってしまった。
真っ赤なスイカに冷たいカキ氷、一面鮮やかな黄色に染まったひまわり畑に、色とりどりの花火。こんなにもゆったりと季節を感じたのは、本当に久しぶりだ。
というか、子どもの頃はただワクワクするばかりで、いちいち「夏だな~!」なんてじんわり季節を感じるような感性の豊かさはまだ育っていなかったから、久しぶりというか初めてに近い。
「はくび、今年の夏はどうだった?」
楽しかったかと尋ねたら、彼は静かに私の方を見る。しかし私が花火から目を逸らさなかったからか、視線を自らの手元に戻した。
「楽しかったよ」
シュワシュワと、鮮やかな火花が足先に落ちていく。
「ここ最近、毎日穂花に会ってた気がする」
そう言って笑うから、「私も7日間ほぼ一緒にいた気がする」と笑い返した。
気がする、じゃない。一緒にいた。
この7日間、私の記憶は得体の知れない、それなのに何故か安心するこの人でいっぱい。
「後これだけだね」
気づくと、蝋燭はだいぶ小さくなっていた。2人でやるには結構な量だと思っていたけれど、残るは線香花火だけ。
はくびが袋をピリッと破って、1本を私に渡してくれる。
「ありがとう。ねえ、最後に勝負しない?」
「おー、いいよ。負けた方どうする?」
「え、罰ゲーム有り?」
「そりゃそうでしょ。じゃなきゃ面白くないじゃん」
ぶら下げた線香花火をぷらぷらと揺らし、「なにがいい?」とまるで自分が勝つ前提のような顔をしている。
「じゃあ……負けた方は、勝った方の言うこと聞く、とか?」
何も思いつかなかった私は、捻りの無いありがちな提案をしてみた。
負けたら何を言われるか分からないけれど。勝てばいいのだ、私が。
強気に構えたのが顔に出ていたのか、はくびは愉しそうに笑って「いいよ」と快諾してくれた。
一瞬、消えかけた火に手をかざす。
安定したところで「せーの」で2人同時に蝋燭の上に先を垂らすと、ほぼ同じタイミングで静かに火が灯った。
初めは、地味にちりちりと燃える。少し待つと、先がどんどんふくらんでいく。赤くなった丸い玉がパチパチと弾け始めた。
「……はくびー」
「ん?」
「やっぱなんでもない」
「えー?何だよ」
ちら、と隣を見ると、タコのように「気になるう」と口を尖らせていた。腕が揺れないようになのか、しっかりと膝にくっつけている。
線香花火を見つめたままの、その瞳の中で明滅する赤い炎。小さな小さな光が、しゃがんで向き合う私たちの顔を下から照らす。
「……私、はくびのこと好きだよ」
なんでもない事みたいに、勇気がいるはずの言葉がポロッとこぼれた。
パチッと火が小さく爆ぜる。
彼がこちらを見た気配がしたけれど、今度は私の方が花火の先を見つめたまま。
不安定にふらふら揺れるのを見ていると、もう終わりなのだと、どうしようもなく〝最後〟を感じる。
こんなこと、はっきりと言えるとは。自分でも驚いた。
でも、何故かは分からないけれど。もしかしたらもうこれっきり会えないような、そんな気がした。
そしてきっと告白しなかった未来の私は、「あのとき言っていれば」と何年後かに後悔していると思うから。
好き、なんて言葉を私から言う時なんて一生ないと思っていた。恋というのをまともにした事のない私は、これが果たしてそういう気持ちなのか正直、自信はないけれど。
「……せっかくだから、伝えとく」
こんな捻くれた言い方しかできないのは許してほしい。
聞こえるか聞こえないか分からない声で呟いて誤魔化すように笑ったら、泣きそうになって慌てて下を向いた。
俯いた拍子に、ぽとっと火の玉が落ちる。
地面に落ちてすぐ、溶けるように、儚い雪のように、静かに消えた。
「あ」
それより一拍遅れて、はくびの線香花火もポトリと落ちた。
「負けた……」
先のなくなった花火を、目の前まで持ち上げる。ぷらんぷらんと揺らしながら「あともうちょっとだったのになあ」と苦笑いした瞬間。
黙ったままだった彼に、腰をぐいっと引き寄せられた。
「――っ」
トン、と体の横側があたたかい温度にふれる。私の手から線香花火がひらっと落ちた。
抱き寄せられた、と気づくのに時間がかかって、隣に倒れ込んだ体勢に思考が停止する。
―― え?
「負けた方は勝った方の言うこと聞くんだよね」
線香花火の残り香と、微かな月明かりと、風の音。
耳元で、今までで一番近くで、声が聞こえる。はくびの……好きな人の、声。
「う、ん……」
「じゃあ何も言わずに、ちょっとこのまま」
風に揺られて、ひゅうっと蝋燭の火が消えた。静寂と暗さが満ちた空間で、ドクン、と自分の内側が煩い。
後ろに回った手が、私の背中をポンとあやすように叩いた。されるがままの私の頭に凭れかかるように、柔らかな頬が当たる。
小さく呼吸するタイミングが、直接体を通して伝わってくるぐらい。私の体を引き寄せる腕が狡いぐらいに優しくて、鼻の奥がツンとしてギュッと唇を噛んだ。
私の、好きだと伝えた言葉に対する答えは無いけれど。
初めて重なった体温は、温かかった。
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