筋肉

一河 吉人

第1話 筋肉

「はい、皆さんおはようごさいます」

「おはようございます。先生、今日はどんな料理を?」

「最近は寒さも和らいできましたが、こういった時期ほど体調を崩しやすいもの。今日はそんな季節の変わり目に負けないように、薬味の効いた煮込み料理を作ってみようと思います」

「わあ、温かくて元気になれそうです!」

「では、まず大きめのボウルを用意して」

「ボウルを用意して」

「水を半分くらい張って」

「半分くらい張って」

「筋肉を入れます」

「筋肉を入れ――筋肉!?」

「そうしたら水中でこするように――」

「いやいやいや。筋肉、筋肉を食べるんですか!?」

「あー、筋肉ダメなタイプです?」

「タイプとかそういう問題じゃないですよ! 筋肉ですよ!?」

「苦手な気持ちも分かります。正直、臭いし汚いですからね」

「た、確かに汗臭いし土なんかで汚れてるとは思いますが……」

「でも、きちんと下ごしらえすれば美味しくいただけますよ」

「いただいちゃだめですよ! 人倫にもとりますよ!!」

「え、筋肉くらい普通に食べますよね?」

「食べないです!」

「ええー」

「じ、じゃあ贅肉も食べるって言うんですか!?」

「脂身? もちろんですけど」

「骨は!?」

「骨髄のスープ、いいですよね」

「も、もしや皮も……」

「皮とか舌とか目玉とか、美味しいじゃないですか」

「そ、そんな……先生がそこまで……」

「……あー。もしかして筋肉のこと、筋肉と勘違いしてません?」

「え? 筋肉は筋肉ですよね?」

「漢字が同じで分かり難いんですが、筋肉は筋肉、筋肉とは別ですね」

「では、こちらの筋肉は筋肉で、筋肉じゃないと……?」

「そうです、この筋肉は筋肉じゃなくて筋肉です。もちろん筋肉にも色々ありますが、これは牛のアキレス腱、いわゆる牛スジですね」

「じゃあ、食べても大丈夫な筋肉なんですね?」

「そもそも、鶏モモも豚ヒレも筋肉ですよ」

「言われてみれば……」

「全く、私を何だと思ってるんですか」

「だって先生、いつも虫とか蛇とかウジ虫とか食べてるから……」

「さすがの私も越えてはいけない一線くらい分かります」

「そ、そうですよね! 安心したところで、調理を続けましょう!」

「というわけで、こちらがあらかじめ2度の下茹でを終えた筋肉です」

「わあ、すっかり柔らかくなって美味しそうですね!」

「こちらに味を付けていきましょう。醤油、酒、砂糖、だしと一緒に鍋に入れて」

「鍋に入れて」

「ここで人肉もたっぷり投入」

「やっぱりアウトじゃないですかぁ!!!!」

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筋肉 一河 吉人 @109mt

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