同志のような2
突然の話題の変化に、ローゼは瞬いた。
年に一度、王都のお屋敷に挨拶に赴くゼンゲン侯爵家には、嫡男が一人いる。ローゼより五つほど年長の従兄弟だが、社交の笑顔で当たり障りない会話しかしたことはない。
南の街でいても、ランドリックの噂だけは入ってくる。空翔馬部隊の若き貴公子とか持て囃されてやたらにモテるのだと、なぜか皆が誇らしげに語る。なにしろここはゼンゲン侯爵の領地なのだ。
だが、ギムレイがランドリックと知り合いであることは、初めて聞いた。
「むかーし、侯爵家に剣技指南に行ってたことがあってね。ランドリック……あー、今は子爵かな? 子爵には懐かれてたからな。なぜ僕を弟子にしないで、よその木偶の坊を弟子に取るんだと、散々文句を言われた」
「でくのぼうって」
「当時アルバインはすらっと背が高くてな。比べて、ランドリックは小さくて肉も薄くて幼く見えた」
懐かしいな、とギムレイはのほほんと思い出に浸っているが、ローゼは全く笑えない。
最後にランドリックに会った、正確には見かけた、のは二年ほど前。
侯爵家に挨拶をしたあと街で見かけた、両側から令嬢にしがみつかれて、ヘラヘラ笑いながら歩いていた姿だ。
その直前に侯爵家で顔を合わせた時には「年頃になって綺麗になった、そろそろ恋人でもできたんじゃないか、結婚してもいいと思えるいい男にしておきなよ」などと、酒場の酔っ払いのようにズケズケと言ってきた男が、ローゼと同じ年頃の綺麗な恋人を
ローゼの中のランドリックの評価は下りに下がって地にめり込み、騎士という存在への不信感が嫌悪感へと昇格したのもその時だ。
「自分が弟子にしてもらえなかったからって、よく知らない人の悪口を言うなんて」
アルバインに同志のような気持ちを抱いていたために、ランドリックが下がった分、アルバインへの評価がぐっと上がった。
それからは。
庭に鍛錬に使った剣が起きっぱなしになっていて躓いて転んでも、休日に親二人がいつまでも起きて来なくても、厨房が使えない日、屋台に夕食を買いに行くというので任せたら目が合ったからと子豚を買ってきた時も、薬草の畑にだんだん雑草が目立つようになって一人では手入れできなくなってきても。
この空の下には、私と同じ苦労をしていたアルバインがいる。
そう思うと、励まされた。
さらに二ヶ月ほどして、母に、少し侯爵様のお屋敷でゆっくりして来なさい、と言われた時も。
追い出されるんだと、口煩い娘が邪魔になったんだと、悟った時も。
ふたりがその後で目を見交わしあって、まるでそこがローゼがいない世界であるかのように、ふたりだけで微笑み合ったのを見た時も。
侯爵家は、ローゼにとても優しかった。
客室ではない良い部屋を夫人の部屋の並びに与えられ、必要な物は十分以上に与えられたし、興味があればと強制ではなく学ぶ機会をくれた。
侯爵とは時々挨拶を交わすくらいでほとんど交流がないが、ローゼとしてはそのほうが気楽だ。
なにしろ、侯爵家当主でありながら、ゼンゲン侯爵は騎士総長という、この国の騎士の最高位にいる人だ。
騎士がろくでもないとしたら、騎士総長こそ、ろくでもないの最たる物だろう。
事実、侯爵一家のこんな会話を聞いたことがある。
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