2周目
悲鳴が聞こえる——。
気が付くと私は有隣堂の1階に立っていた。
危ないところだった、と私は思った。主人公でなければ死んでいた。
だが、なんというご都合主義!
ブッコローに食われた直後、私の『時間を巻き戻す能力』が発動したのである。
時間は最初の時点まで巻き戻ったらしく、2階の売り場を走る郁さんの姿が見える。
「今、上から悲鳴が!」
郁さんのセリフは前回と同じで、どうやら時間が巻き戻ったことを他のプレイヤーは認識できないらしい。
「何かあったのかもしれません。一緒に行きましょう」
私は郁さんと一緒に階段を駆け上がった。
有隣堂は不気味なほど静まり返っている。
5階に着いた時、売り場の方に佐藤さんの姿を認めた。
だが、佐藤さんには声をかけない。どうせブッコローが出てくる罠だ。
私は最後の階段を駆け上がった。
目の前の凄惨な光景に私の隣りで郁さんが息を呑んだ。
荒らされたスタジオに大量のインクがぶちまけられている。
割れたヴィンテージ眼鏡。蓄光のガラスペン(蛍光)。
緑色のノートを拾い上げて名前を書いた私は、郁さんにも名前を書いてもらった。
「私の能力は『時間を早送りする能力』です」
郁さんが言った。
ふいに下の階が騒がしくなった。
階段で5階に下りてみると、売り場の方から佐藤さんが走ってくるのが見えた。
「逃げてください!」
その後ろから、巨大な怪鳥が驀進してくる。
「ブッコロー⁉」
初見の郁さんはさすがに驚きの色を隠せない。
逃げてきた佐藤さんにノートに名前を書かせる。
自分の能力を知った佐藤さんが前に出る。
「時間よ、止まれ‼」
だが、ブッコローは止まらない。
ブッコローの両目が私と佐藤さんを同時に睨んでいる。
郁さんのことはアウトオブ眼中である。
「二手に分かれるしかない! 郁さんは上へ!」
「ですね!」「はい!」
郁さんを上に逃がしておいて、私もちゃっかり6階へ。
必然的に佐藤さんはブッコローと仲良く4階へ。
その途中で、前回とは違うことが起こった。
「超速スピード!」
モノマネが得意な郁さんが、右手と左手を交互に上げ下げしてワクワクのマネをしながらそう言うと、佐藤さんだけが韋駄天のようにギュイーンと加速したのである。
郁さんが能力を使ったらしい。
階下から断末魔の叫びは聞こえない。
どうやら、佐藤さんは今回は逃げ延びたようだ。
「階段は危ない。エレベーターで行きましょう」
エレベーターが6階にあることは知っている。ボタンを押して扉を開く。
ザキさんのインクがエレベーターの中にまで飛び散っている。
なるべくインクを踏まないようにしながら、私はエレベーターに乗り込んだ。
「何階ですか?」
自然にパネルの前に立つ郁さんの後ろ姿は、さながら昭和の時代には有隣堂にもいたエレベーターガールのようであった。
「地階を押してください」
「わかりました」
前回の郁さんは、そろそろブッコローに食われてしまった頃か。
生きている郁さんの姿に感動を覚える。
地階に着いた。
エレベーターを降りた私たちは、雑誌に紐をかける従業員の姿を見つけた。
「細川さん!」
「二人して、どうしたんです——?」
上の騒ぎに気付いていないというそぶりで細川さんは言った。
どうやら、悲鳴は地階までは届かなかったらしい。
私は細川さんにノートを見せて名前を書いてもらった。
「私の能力は『時間を早送りする能力』です。実生活では一切役に立ちません」
さすがは業界で最も雑誌を縛るのが速い男である。
「私と同じ能力ですね」と郁さんが言う。
そうだった。
さすがはカバー掛けの速さで業界3本の指に入る女を下した女である。
だが、能力はプレイヤーごとに異なるのではなかったか。
ノートにそう書いてある。
それに郁さんと同じ能力であれば、一切役に立たないというのは変だ。
「細川さんの能力、使ってみてもらっていいですか?」
「まあ、別にいいですけど——」
細川さんが雑誌を紐で縛る時のように舞うと、突然、目の前に巨大なブッコローが現れた。
「ウソダロ」
変声機を使ったような独特の鳴き声でブッコローが鳴いた。
むさぼり食われた私のインクが飛び散る。
「ウマイッスヨ。50テン」
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