いきする翅

 校舎のかげの白いコンクリートに撒かれた水に蝶が一頭やってきて、寂しそうに両羽をひらいては閉じている。なんていう蝶なのか私はしらないけれど、大きくてきれいな蝶だ。彼女が好きそう、と思って隣をみたときには、もう彼女はその蝶の元へと歩みだしていた。一歩。二歩。きっと飛んでしまうと思っていたのに、きれいな羽は静かに息を続けている。

 三歩。四歩。やがて水辺に辿り着いた彼女は、セーラー服のスカートを広げてその場に座り込む。目を閉じて人差し指のはらを濡らす彼女ももしかして、吸水にきた蝶なのだろうか。

 じっと羽をひろげる二頭が飛び立ってしまわないように、私はずっと、彼女の名前を呼べないでいた。

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