第12話 新村長と子らと

 私はスキルの力を使い、人族の言葉と魔族の言葉を理解できるようにした。


「効果範囲としては、この緑色の光が包み込んでいるエリアでは言語が理解できるようになっているはずです」


 スキルを説明する。緑色の光が包み込んでいるのは村長の屋敷一帯だ。

 光の効果範囲を見た使用人たちが、急いで村長のいる部屋から出て行ってしまった。


 今まで、恐れている言葉の感情は伝わっても何を言っているのか聞かれることはなかった。だが、これまであった『言葉の壁』はもうない。


 魔族相手に……。


 私たちは村長の妻と村長、二人に対面するように座った。

 あくまで村長夫妻と貴族という立ち位置だ。


「失礼ですが、お二人の馴れ初めを聞いても……?」


 カイルさまも、少し驚きつつ彼らに質問した。


『いやぁ……こうして話せるとなると……』

「恥ずかしいですね……」


 初めて会話しているとは思えないほど息がぴったりの村長夫婦に、こちらまで照れそうになるがどうにか話を聞きだす。

 そのほとんどはのろけ話だったが、話すうちに「あの時そう受け取っていたのか!」という驚きを二人交互にしていた。


 魔族の中でも力が弱かった村長は、当時のこの村に辿り着いた。

 前村長は、代々この村を牛耳っていた家系であったが、村を経営する手腕はなかった。本来は国に納めるはずの税を近くの街までいってはギャンブルで溶かす。


 アデルは当時から村長の妻で、彼女や村人の善意でどうにかこの村は支えられていた。


 そんな時、恐ろしい魔族が前村長を殺してしまった。


『いやぁ、食べ物を少しもらおうと思ったんですが……』

「まさか……うっかりで?」

『いえいえ、ちゃんと意図的にやりました!』


 照れながらも明確な殺意を吐き出す村長に私は呆れてしまった。


「前の夫は、こういってはなんですが……、あまり良い人ではなかったので」

『屋敷に忍びこんだら、彼女――アデルさんが殴られていて……』

「助けてくださったんです……」

『人間の価値観では力のないもの、罪をおかしていないものを殺めると報復合戦になりますよね? しばらくこの村に潜伏して、彼は特に当てはまらないようでしたし』


 頬を赤らめるアデルさんと殺人を語る魔物……。


『一番栄養があるなぁ、と思ったので!』


 瞳をキラキラと輝かせる村長に、アデルさん以外の私たちはドン引きだ。

 言葉が通じたとして、圧倒的な価値観の違い……。


『書類仕事は見よう見真似でどうにか人並みには。それで、私たちはここを離れなければなりませんか?』

「彼がこの村に来てから、税はきちんと納められているはずです! むしろ増えているはずです。危険はありません!」


 温度差のある夫婦だな、と思う。アランは壁際からこちらに、うねうねと近づく触手を見てびびっている。


≪たち?≫


 ふと口を挟んだのは風の精霊であるヴィントだった。


『今日、もし戦闘になるようでしたら、この子と神の治める土地を離れようと……』


 目玉のすぐ横にある触手が、さわさわと密度が減った。

 中から三つの目がこちらを見つめていた。


「私の息子です」

『私の息子です』


 白目が漆黒で染まっていたり、体から手足の他に触手のようなものが生えていることを除けばかわいらしい人間の子とかわらない。


 そうして、ひとまずの対談は終わった。

 

「村長ーーーーー!!!!」

「村長!!!」


「ところで、窓の外どうなってるんですか?」


 やたらと人だかりが出来ている気がするし、はじめはさざめきのようだった村長コールは今や村を揺るがすのではないかと思うほどの大きさになっている。


「うおおおお村長おおおおお!!!!」

「ばんざーーーーーーい!!!」


≪もう魔族が新村長でいいんじゃないか?≫


 私たちも想定外のことが多く、結論に困っていたところにヴィントがそんなことを言う。

 私もそう思う。

 たぶん、内心はみんなそんな感じだけど、貴族の関係や報告をどうしようかと結論が出せてないだけだ。


 だが、ヴィントのその言葉に近くにいた使用人が両腕を天にかかげて叫んだ。


「新村長ばんざああああああい!!!」


 その言葉を皮切りに、この村に勢いで正式な新村長が誕生してしまった。


「お、お父さん?」

「そうよ、お父さんよ」

『お父さんだぞ~』


 呆気にとられる私たちの横で、ついに言葉を交わすことができた親子は感動の抱擁を交わしていた。


「触手に巻き取られてるようにしか見えないな……」


 アランの失礼な言葉は歓声でかき消されたが、近くにいた私たちはヴィントも含めて全員が小さく頷いていた。

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