第2話 暴走精霊の悩み

 神殿に引き取られてからずっと、私は仕事ではなく勉強をしていた。

 巫女がつきっきりで文字を中心に算術なんかも教えてくれる。貴族はみんなこのような勉強をしているらしい。


 頭がぐわんぐわんする頃には礼儀作法や剣術、他にも色んな武器の使い方を習った。


 貴族と同じくらい勉強したとしても私の髪や目はくすんだ茶色。キラキラした貴族とは程遠い、これは魔力の強さによって違うらしい。だから美しい色をまとう子は子供の頃から羨望の眼差しを向けられる。

 でも、神殿には私のような子が多いので、みんなと一緒でとても嬉しい。


 こんな勉強が何の役に立つんだろう。


 さびしい時があっても、神殿のみんなのおかげで儀式の時は家族と会うことができた。

 父母は神父さまから何か聞いているようで、私がどんなに帰りたいと言っても連れ帰ってはくれなかった。


 数年して、私は十五歳になった。神殿の仕事をしながら子供たちに勉強を教えるボランティアをしていた。ボランティア自体が神殿の仕事だからどうなのか分からない。

 スキル判定に使ったあの巨大なクリスタルは、スキルの他にレベルや体力、魔力なんかを暫定的な数値に変換してくれる。努力次第でスキルが増えることもあるから、みんな気軽に利用する。


 利用するには少額だけどお金がかかるが、これがなかなかバカに出来ない収入源だ。


 儀式の時は神父さまが、その他の日は巫女や神官たちが交代で担当する。


 私はそのレベルを上げるために、魔物狩りに外にでかけることは許されていた。

 初めて冒険者登録した時は驚いた。冒険者たちは体のどこかに入れ墨を彫っていた荒くれものだと思っていたのだが、冒険者になる時に小さくとも体のどこかに信仰する神の入れ墨を彫らなければいけないという。


 私は外から見えにくいだろう腰に、神殿で信仰している月の女神ディアナの紋章を入れた。


 護衛はいるものの、基本他の冒険者と変わらない。

 ゴブリンと取っ組み合いになって死にかけたり、スライムに飲み込まれたり、本当にギリギリのところで護衛の騎士は助けてくれるものの基本的には自分で何とかしなければいけない。


 彼らはアドバイスだってくれないんだから!


 森はいつもと変わらずいつもどこかで小さな生命の気配がする。

 どこに何が潜んでいるのか分からない。この気配を感じるというのも、レベルが上がってきたから分かって来た感覚だ。


≪……だ……やだ≫


 遠くで叫び声がする。


 私は後ろにいた護衛の騎士に伝える。神殿の紋章を付けた聖騎士だ。今日はアランが当番だった。


「アラン、助けにいってあげて」


「はい? どこへですか?」


 きょとんとするアランに、私は焦りつつも怒った。今はふざけて良い時ではない。


≪もう……いやだーーーーー!!!!≫


 やけになっているような叫び声はどんどん鮮明にはっきりと聞こえるようになってきた。

 それでもアランにはぴんと来ないようだ。


「この叫び声が聞こえないの?」


「叫び声? ああ……今日はやけに風が強いっすからね。うーん……洞窟を大きな風が通り抜けるときに叫び声に聞こえることがあるらしいですよ?」


「もう!! こっち! 早く行くよ!」


 私とアランが急いで声の方へ向かうと。ごうごうと渦巻く球体の竜巻がそこにあった。ぐるぐると回転する風の刃の中にやけになって叫ぶ人型の何かがいた。


 周囲は風の勢いでどんどんと草木はえぐれていく。私もアランに支えられてどうにか立っていられる状態だ。


「これは……暴走精霊ってやつですね。一刻も早く国の騎士団に来てもらわないと」


 アランの言葉に私は不思議に思った。

 なぜ?


≪なんでいなくなっちゃうんだよ……!! もう一人はいやだいやだいやだいやだ≫


 あの精霊が叫んでいることは、全部子供のだだのようなものじゃないか。


「アランは神父さまに報告してきて、私はここで落ち着くように説得してみる」


 アランを無理やり神殿へ走らせると、私は支えがなくなって地面にしがみつく。半ば祈るようなポーズになってしまうが、目はきちんと精霊を見据えた。

 そして意を決して半透明の人型の精霊に叫んだ。


「落ち着いて! 森が壊れちゃうよ! 何があったのか私に教えて、できることなら力になるわ!」


≪は?≫


「今、騎士団の人も来てくれるから、何がいやなのか教えてちょうだい。きっと力になってくれるはずよ」


 精霊はキョトンと私を見下ろした。私の言葉に納得してくれたのか、だんだんと風の勢いは弱まっていく。

 そして精霊は恐怖におびえるような表情を作った。


≪なんで精霊師でも契約もしてないのに、俺の言葉が分かるんだよ……≫


「なんでって、え? あなたが話してるから……?」


≪うわ、……きもっ……。まあ、うん。そうだな……。言葉が分かるってんなら、手伝ってもらおうか。俺の契約者探し≫


 精霊は私の手を取り、立たせてくれた。立ち上がるときにふわりとした感触があった。


≪何でもするんだよな?≫


「力になるって言っただけ」


 私と精霊は、何となくではあるが握手をした。暴走精霊とかいう物騒な名前だからちょっと怖かったけど、話の分かるやつじゃないの!

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