第70話 ヤンデレな妹に愛される


「おっ……」

「お兄様ぁぁぁ!?」


 二反田と一ノ瀬は驚きの声を上げる。

 俺は落ち着き払ってため息を吐いた。


「大丈夫だ、彼女は自分を妹だと思い込んでる精神異常者だ。可哀そうに……」

「平然と嘘を吐くお兄様も素敵ですわ」


 俺の妹、杉浦すぎうら麗華れいかはそう言って、身体をくねくねと動かす。

 俺の肩を掴む黒服の力が強くなった。

 どうやら逃げられないらしい。


「俺はもう実家を出たんだ、苗字も杉浦から三島に変える」

「何シレッと私の苗字にしてるんですか? キモいですよ?」

「杉浦~、二反田はどうだ? 二反田は!?」

「真子ちゃん、ダメだよそんなに簡単に苗字あげちゃ! そ、それって凄く大切なことだから!」


 二反田に袖を引っ張られながら、俺は尋ねる。


「……それで、なんでお前がこんな所に入学してるんだ?」

「もちろん、お兄様を追いかける為ですわ。お兄様はプロデューサーなんですから、私がアイドルになれば当然、一緒になれますわよね?」

「わりぃが、俺の担当アイドルは既に予約済みなんだ」


 俺がそう言うと、麗華れいかは一ノ瀬、二反田、三島を品定めでもするようにジロジロと見る。

 そして、鼻で笑った。


「こんな子たちじゃお兄様の担当アイドルなんてふさわしくありませんわ」

「それは言えてるな。3人とも、俺なんかには過ぎたアイドル達だ」


 俺は黒服の手を肩から払って、麗華れいかにビシッと指を指す。


「俺ぁワガママだからよ。すでに手に入れてるモノよりも、ずっと先に手を伸ばしたいんだ。だから、実家なんか継がないでこの3人をトップアイドルにする」


 そして、三島、二反田、一ノ瀬も俺の隣に並び立つ。


「当然ですよ。巻き込んだ責任はちゃんと取ってもらわないと困ります」

「そ、そこまで期待されても困るなぁ……」

「真子ちゃん、大丈夫ですよ! みんなで頑張りましょ!」


 麗華れいかはそんな様子を見て、3人を睨みつけた。


「お兄様にすり寄る女狐達め。どうせアイドルじゃなくてお兄様が目当てなんでしょ?」

「はぁ? こんな冴えない奴のどこが――」

「とぼけても無駄ですわ!」


 三島の言葉を遮り、麗華れいかは声高に宣言した。


「良いでしょう! それでは勝負と致しましょう?」

「勝負?」

「私もトップアイドルを目指します。私がその3人よりも先にアイドルとして名を上げたら、お兄様は私が頂きますわ」

「あの……提案なんだけど、麗華れいかちゃんも私たちと一緒にやるのはダメ……なのかな?」

「ダメですわ。私はお兄様を独占したいの。貴方たちと仲良く4分割だなんて出来ませんわ」

「ねぇ、これ俺の意思はどこ?」


 麗華れいかは勝手に話を進めると、高らかに笑い声を上げて入学式の式場に歩みを進める。


「それではみなさん、ごきげんよう。お兄様も勝負の件、お忘れなきように」


 そのまま御付きの召使いを連れてスタスタと行ってしまった。


「……悪い、お前らは気にすんな。俺の問題だ」


 俺が謝ると、三島はため息を吐いた。


「別に、気にしませんよ。どうせやることは同じですし」

「そ、そうだね! せっかくやるからにはトップを目指さないと!」

「うぅ~、俺たち本当にアイドルになるんだ。き、緊張してきた~」


 入学式の式場に向かう途中、後ろを歩いていた三島が俺に小さく耳打ちする。


「きっと、貴方も『変わりたい』って思って家を出てきたんですよね? 勝手に期待された道から外れて、自分のしたい方へと」


 そして、わずかに微笑んだ。


「――なら、貴方が何者であろうと応援しますよ。だから、心配しないでください」


 それだけ言うと、三島は俺を追い越して一ノ瀬と二反田の隣を歩き始める。


(三島……)


 俺の正体が謎のカリスマアイドル『X』だろうと、杉浦財閥の御曹司だろうと関係ない。


 杉浦誠としてこれから彼女たちと共に芸能界を戦い抜いていくと決意する。

 俺は3人の後ろをついて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る