第65話 貴方がファン第1号です


「――今日は一日ありがとうございました」


 乾燥器で乾かし終えたホカホカの自分の服に着替えて、三島は玄関でお礼を言う。

 そして、足元に居た白い猫を抱え上げた。


「じゃあ、山田ちゃんはウチに持って帰りますね」


「残念ながらそれはワシントン条約違反だ。諦めろ」


 そう言って俺が取り上げると、山田は残念そうにニャーと鳴く。


 ドアを開けると、すっかり晴れ渡った空から日差しが降り注ぎ、道路の水たまりをキラキラと照らしていた。


「足元悪いから、帰りは気をつけろよ」


「大丈夫です。この家以上に危ない場所なんてないので」


 相変わらずの減らず口を言うと、三島は急に俺の服をじっと見てきた。


「貴方が着ている白いシャツ、大切なモノですか?」


「へ? いや、別に。家にいっぱいある安物のシャツだけど」


「じゃあ、両手で裾を持ってグイッと引っ張ってもらって良いですか? ピンと張る感じで」


 三島に言われた通りにシャツを引っ張ると、三島はポケットからペンを取り出した。

 さっき、三島のお父様から取り上げた物だろう。


「……失礼しますね」


 そして、俺の顔を見て無言の許可を得るとシャツにペンで何かを描き始める。


「できました、私のサインです」


 俺のシャツにはアイドル三島三言の可愛いサインが出来上がっていた。


「お前、さっきサインはまだできてないって――」


「誤魔化したんですよ。本当はすでに考えてありました。小学生の頃から……」


 ペンにキャップをハメながら、三島は玄関先から一歩外に出た。


「お父さんに私の初めてのサインを描くわけにはいきませんでした。もちろん、『X』にだって」


 そして、クルリとこちらに振り向く。


「――だって、私のファン第1号は貴方じゃないですか」


 楽しそうに微笑む三島の背後の空には、雨上がりの綺麗な虹がかかっていた。

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