第64話 お気に召したようです

 

 服をさっきの白いシャツに着替え、"杉浦誠"に戻った俺は三島の待つリビングに向かう。


 扉を開くと――三島はまだ呆然としていた。

 ハァハァと少し荒く息をしながら顔を紅潮させて、先ほど『X』の手を掴んだ右手をじっと見つめている。

 その足元では短足マンチカン猫の山田が遊びを催促するようにタシタシと前足で三島の足に猫パンチを繰り出していた。


「山田がお前と遊びたがってるぞ」


 俺が声をかけると、三島はハッとした様子で我に返る。


「あっ、ああっ! 貴方も出てきたんですね。山田ちゃんごめんね~。――あっ」


 そう言って三島は山田の頭を右手で撫でると、勝手にガックシと肩を落とした。

 何だこいつ。


「そうそう、乾燥機はもう終わってたぞ。服も乾いたんじゃないか?」


「ありがとうございます。先ほど、『X』がこの部屋に来ましたよ」


「あ~、あいつ。勝手に来てたのか、良かったな会えて」


 完全に別人を装ってそう言うと、三島は俺にペコリと頭を下げた。


「疑ってすみませんでした。まさか本当にお友達だったとは……」


「まぁ、腐れ縁みたいなモンだ。何かと忙しい奴だから中々会えないんだけどな」


 そう頻繁に『X』にはなりたくない俺は適当な理由でお茶を濁す。


「雨が上がりましたから、私もコーヒーを飲んで山田ちゃんとしばらく遊んだら帰りますね」


 そう言って、コーヒーカップに口をつけると三島は目を丸くした。


「……甘くて美味しい! な、何ですかこれ!」


「ハチミツ入りのコーヒーだ。お前なら絶対に好きだと思った」


「コーヒーにハチミツを入れたんですか!? な、なんて冒涜的な……お砂糖の立場はどうなるんですか?」


「あぁ、甘くする立場をハチミツに奪われたショックで真っ白になってたよ」


「なんて非道な……許せませんね、ハチミツ」


 そんなことを言いながら三島は美味しそうにコーヒーを飲む。

 どうやらお気に召したようだ。

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