第56話 家に呼んだ理由


「今、お茶をお出ししますね。どうぞごゆっくりとお寛ぎください」


 三島はそう言って、俺を客間に置いて行った。

 広々とした六畳の和室には達筆すぎて読めない掛け軸。

 そして百万円はくだらないであろう屋久杉の一枚板のテーブルが中央に置かれていた。


 待っていると、三島の妹、小糸ちゃんの声が聞こえてきた。

 仕切りが障子なので、割と声が筒抜けである。


「お父さん、お母さん! お姉ちゃんが家に友達を連れて来たんだよ!」


 直後、皿がパリンと割れる音と誰かが椅子から転げ落ちる音がした。


「何よ2人もっ! そんなに驚くことないでしょ!?」


 三島の怒鳴り声が聞こえると、ご両親の声も聞こえてきた。


「凄いじゃない三言ちゃん! 今日はお赤飯ね!」


「三言が家に友達を連れてくるなんて初めてじゃないか! うんうん、三言も女子たちの輪に入れるようになったんだな、卒業間近にして」


「2人とも大げさなんだから……それに、本当は友達じゃない」


「……友達じゃない?」


 そして、また小糸ちゃんの元気な声が聞こえてくる。


「お姉ちゃんが連れてきたのは、男の子なの!」


「――母さんや、日本刀はまだ倉庫に置いてあるかい? あぁ、鯉のエサやりはしばらく私に任せておきなさい」


 ……お父様にマジで鯉のエサにされそうである。

 すぐに三島の否定する声が聞こえた。


「ぜ、全然そういうのじゃないからっ!」


「そうだよね~、なんだか冴えない感じだったし」


「そうそう。それにあいつは滅茶苦茶で、破天荒で、無鉄砲だから」


 今まで来客がなかったせいか、本当に全ての会話が丸聞こえなのだが三島家は気が付いていないようだ。

 俺が耳を澄ませているせいもあるけれど、三島姉妹からはしっかりと罵倒されていた。


「――お待ちどうさま。緑茶にしようと思ったんですけど、貴方はこっちの方が良いですよね?」


 そう言って三島が運んできたのはカップに入ったミルクコーヒーだった。


「あぁ、ありがとう。いただきます」


 一口飲むと、驚いた。


「美味しい……! 俺の好きなミルクコーヒーの味に調整してくれたのか?」


「別に、いつも私が飲んでる味にしただけですよ」


「そうか。やっぱりコーヒーは甘くないとな」


 そんな他愛のないやり取りをすると、障子の向こうで何やら咳払いが聞こえた。

 そして、和装姿の三島のご両親がお茶菓子を持って現れる。


「あらあら、こんにちは~! 三言がお世話になってます~」


「お客人、よくぞ参られた。さぁさぁ、遠慮なさらずにお寛ぎください」


 着物が良く似合う三島の母親は、屈託のない笑顔で。

 やや渋いイケメンおじさんといった感じの三島の父親も人のよさそうな笑顔で入室する。


「――ところで、君は三言のことをどう思っているのかな? あぁ、いやなに他愛のない会話だからリラックスして答えてくれ」


 そして、いきなり質問という日本刀を抜いてきた。

 読んで字の如く単刀直入である。

 返答を間違えると死ぬ、庭の鯉たちも水面に顔を出してパクパクと口を動かしていた。


 俺がどう答えるか必死で模索していると、三島のお母様がお父様の頭をペシーンと叩いた。


「こらあんた! いきなり馬鹿なこと聞いてんじゃないよ!」


 そして、お茶菓子を丁寧にテーブルに並べていく。


「ごめんなさいね~、三言はうちの自慢の娘ですからこの人ったら妙に勘ぐっちゃって」


 叩かれた頭をさすりながら三島の父親は自慢げに語る。


「そうそう。三言は運動神経も良いし、勉強もできる。あの東大高校にも受かったほどだ! 私の誇りなんだよ」


「三言ちゃん、本当に頑張ってたわよね。勉強の為に好きだったゲームも封印……できてなかったけど受かっちゃったし」


「……えっと、そのことなんだけど」


 そう言って、三島は俺の隣に座ると両親の瞳を真っすぐに見つめた。


 嫌な予感がしたが、俺は逃げることもできずにその場でただ鎮座する。


「――私、東大高校の入学を辞退してアイドルを目指したい」


 ……三島が俺を家に呼んだ理由が分かった。

 こいつ、1人じゃ言い出す勇気がなかったから俺を隣に置きやがったな。


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