第57話 自慢の娘


「……東大高校の入学をやめてアイドルにだと?」


 三島……ここにいるのはみんな三島だけど、三島家の長女である三言の言葉にお父様はゆっくりと聞き返した。


(……俺は全然全く関係ないです)


 そういう雰囲気を出しながらコーヒーを飲んでお茶菓子を頬張る。

 いやぁ、良い天気ですね。


 すると、驚いた様子のお母様が三島に尋ねた。


「東大高校の入学をやめるなんて……もしかして、連れてきたその子が関係してるの?」


「うん、こいつにたぶらかされた」


 こいつ、全責任を俺に押し付けやがった。

 お父様の瞳がギラリと光る。


「……そうかそうか、君が娘を」


 お父様は尋常ではない様子で、怒りを抑えるように息を荒げていた。


「少し、待っていなさい」


 そう言って、席を外すとお父様はまたすぐに戻ってきた。

 平たい板と、細長い筒状の何かを持って。


 俺はすぐに勘づく。


(あっ、これ指を詰められるやつだ)


 三言お嬢様をたぶらかしたケジメとして短刀とまな板で小指を切り落とされるのだろう。

 しかし、それで三島がアイドルをできるなら……いや、無理無理すまん三島アイドル諦めてくれ。


 俺は土下座で泣きながら許しを請う為に身なりを整える。


 三島のお父様は手に持っているまな板と短刀をテーブルに置いた。

 そして、言う。


「サインください」


「…………」

「…………」


 三島のお父さんのまさかの発言に2人で絶句する。

 まな板じゃなくて良く見たら"サイン色紙"と短刀じゃなくて"太いペン"だった。


 三島は困惑しながらお父様に聞く。


「えっと、良いの? 私、一番頭が良い高校の入学を辞退するって言ってるんだけど。しかも、アイドルになりたいだなんて浮ついたこと言ってるし」


「何を言っているんだ。アイドルだろ? ぜひやりなさい。勉強なんかいつでもできる」


 お父様はさらに鼻息を荒くしていた。

 これ、怒ってるんじゃなくて興奮してるだけだ。


「あらあら、貴女ったら。お勉強も大切よ? でも、アイドルなんて素敵じゃない。頑張って!」


 お母様もまさかの全面肯定である。


 予想してなかったのか、逆に三島の方が言い訳を探し始める。


「いや、でもその三島家の威厳というか……私、長女だし。アイドルになりたいなんて言ったら、笑われるかと思ってたから」


 お父様は腕を組み、お母様は優しく微笑む。


「子供のやりたいことを笑う親がいるか。三言が何を目指そうが自慢の娘だ」


「そうよ。犯罪でもない限り、私たちは三言ちゃんのやりたいことを応援するわ」


「……お父さん、お母さん」


 三島は少し震えるような声を出した。

 どうやら、三島の両親は三島が想像するよりもずっと寛容だったらしい。

 きっと勉強する三島のことも褒めまくっていたのだろう。

 だから三島は両親の期待に応えようと頑張ってきた。

 でも実際は三島が何を頑張ろうとご両親は期待するし応援していたのだ。


 良い話だなぁ、ところで俺なんでここに居るのと思いつつコーヒーを飲んで茶菓子を頬張る。


「だから、サインをくれるか? 額縁に飾って、そこの達筆すぎて読めない掛け軸の代わりに飾るから」


 やっぱりみんな読めてないのか、あの掛け軸。

 三島は恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「き、気が早いよ……。まだサインなんて考えてない」


「そうか……私がファン一号になりたいから、サインができたら教えるんだぞ!」


 お父様がそう言うと、お母様は首をかしげる。


「あら、そういえば高校はどうするの? 芸能学校に行くの? それとももう事務所に所属するのかしら?」


「あぁ、探星高校に受かったからそこに入るよ。実は私の隣でずっとお菓子食ってるこいつも探星高校に入学するんだ」


「…………」

「…………」


 人の家で茶菓子をむさぼり食い続けて、ぬらりひょんか何かだと思われていただろう俺に視線が向いた。

――――――――――――――

【補足】

ぬらりひょんは勝手に人の家に上がって飯とか食べる存在感のない妖怪です。

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