第55話 三島の家に呼ばれました


 ――探星高校入学試験の翌日。

 良く晴れた日曜日の午前11時。


 俺はとある立派な日本家屋かおくの前で立ちすくんでいた。


 家の周りには広大な庭が広がっていて、石灯籠と苔むした石の小道が庭を縫うように配置されている。

 池には小さな赤い橋が架かり、その下を静かに泳ぐ錦鯉の色とりどりの姿が見えた。

 いわゆる、『日本の美』が全てこの家とその庭に体現されているようだった。


「……スゲー家だな。うちの実家とは正反対だ」


 俺が圧倒されつつそう呟くと、隣で前髪をいじる三島が呆れたように言う。


「いつまで見上げているんですか? もしかして、にまで欲情してるんですか?」


「そんな上級者じゃねぇよ」


 どうして俺が三島の実家に来ているのかというと、理由は些細なことだ。

 預かっていた三島の紫のハンカチを洗濯したから返しに来ただけである。


 一ノ瀬と二反田には合格の直後にハンカチを返したのだが……。

 三島はちゃんと洗濯して返さないと許してくれず、家まで届けさせられているというわけである。

 扱い的にも、俺がバイ菌か何かだと思われてる可能性がある。


「じゃあ、ハンカチ返すよ。三島のおかげで合格できた。ありがとう」


 綺麗に折りたたんだハンカチを三島に手渡して帰ろうとすると、首がグンと後ろに引っ張られる。

 振り向くと三島が俺のシャツを背中から引っ張っていた。


「何帰ろうとしてるんですか? せっかくですからウチに上がっていってくださいよ」


「……え? 何で?」


「何でって……おもてなしですよ。お客人は丁重にもてなさなければなりません」


 身長差的には俺を見上げているはずなのに、確実に見下みくだしているような瞳で三島はそんなあり得ないことを口走る。

 "おもてなし"だけど、裏はあるだろ絶対。


 なぜ家の中に入れようとするのか少し考えて、思い当たった俺は深々と頭を下げた。


「三島様の高貴なパンツを見てしまって本当にすみませんでした。殺さないでください」


 きっと、まだ怒ってるんだ。

 恐らく、人目に付かない場所でるつもりだろう。

 死の危険すら感じた俺は、そこの池で泳いでる鯉のエサにされないよう三島に精いっぱいの謝罪をする。

 すると、三島は顔を赤くして俺のお腹にパンチを繰り出した。


「そ、そのことはもう良いですから。というか忘れてください。忘れろ」


 三島は俺をひと睨みすると、呆れたように語り出した。


「ただ友人として貴方を家に招くだけですよ。あっ、『友人』とは便宜上の方便で、貴方のことは変態だと思っていますので勘違いしないでくださいね」


「えっ、いいよ。家にまで邪魔するのは悪いし……」


「私が友人を家に招くのはよくあることですから、深く考えないでください」


「そうなのか……何かお前って……ゴホンッ、『1人でゲームしていた方が楽しいです(激似)』とか言って友達とかいないタイプだと思ってた」


「何ですかその偏見は? 私は品行方正な才女ですから。むしろお誘いが多くて困っているんですよ。あと、今の私のモノマネは二度とやらないでください、二度と」


 そんな風に語りながら、三島は玄関の立派な引き戸をカラカラと開ける。


「ただいま戻りました」


 すると、ちょうど寝起きのような恰好をした中学生くらいの女の子が眠そうに目をこすりながら階段を降りてきていた。


「お姉ちゃん、朝から出かけてたんだ~? 休日なのに元気だね~」


 お姉ちゃんと呼ばれた三島はフラフラと歩くその子を見てため息を吐く。


「こら、小糸こいと。貴方は休日だからってダラダラしない、早く顔を洗ってきなさい」


「は~い」


「それと、"友達"連れてきたから」


 三島がそう言うと、その子――妹の小糸ちゃんは歩いたまま廊下の壁に激突した。

 そして痛そうに悶えた後にガバッと起き上がって目を丸くする。


「お姉ちゃんがお友達を……!? あり得ない……! 私、まだ夢見てる!? あれ、でも痛かったし……」


「……そんなに驚くことじゃないでしょ?」


「だ、だって、お姉ちゃんって勉強以外はずっと1人でゲームしてるし、お友達なんて1人も――」


「こ・い・と? 顔を洗ってきなさい」


「は、はい……」


 三島が姉のオーラを出して小糸ちゃんを黙らせた。

 こいつ、覇王色の使い手か。


「すみませんね、小糸ったらまだ寝ぼけているみたいで。さぁどうぞ上がってください」


 ボッチであることが妹によってバラされた三島は何事もなかったかのように微笑んだ。


 きっと、俺は口封じの為に殺されるのだろう。

 死因をもう一つ増やした俺は覚悟を決めて三島の家に上がった。


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