第54話 合格発表


【前書き】

少し長いですが、最後までお楽しみいただけると嬉しいです!

――――――――――――――


「えっと、15……15……あ! やった! あ、ありましたぁ!」


 最初に歓声を上げたのは雪華さんだった。

 洪水のように涙を流し、腰を抜かしてへたり込んでいる。


「お父さん、お母さん、2浪もしてすみませんでしたぁ~! 私、ようやく高校生になれます~」


「24……あった! 私の持っている数字と同じのがあるので、大丈夫ってことですよね!? 私、合格できました! 杉浦さんのおかげです!」


 次に歓喜の声を上げたのは一ノ瀬さんだった。

 文字は読めなくても、同じ数字があるのは分かるようだ。


 一方、その隣で……三島が大きくため息を吐いた

 そして、恨み言のように俺に言う。


「きっと貴方のせいですね……」


 そして、まんざらでもない表情で俺の目を見つめた。


「私も合格してました」


 そして当然ながら――


「よし、僕も合格!」

「俺の数字は……無いな。特待生は書かれないのか?」


 月読と二反田も合格だ。

 みんな、自分の合格を確認すると俺の様子を見守っていた。


(31……31……)


 穴が開くほどに合格者一覧を見る。

 ――そして、肩を落とした。


「みんな、おめでとう。俺は……ダメだった」


「えぇっ!? そんな!? ちゃん見たか!? 31番だろ!?」


 二反田が大慌てで数字を探すが、どこにも見つからない様子でオロオロと涙を浮かべる。

 他のみんなも一緒に探してくれるけど、当然書いて無いモノは見つからない。


 いいんだ、仕方ない。

 これで終わりってわけじゃない、来年だってまだ受験できる。

 それに、この結果に後悔だってしてない。

 アイドルを目指したいって言う彼女たちが、その大きな一歩を踏み出す手助けができたんだから。


「――大変惜しかったですよ。杉浦さん」


 不意に俺の名前が呼ばれ、振り向くとニッコリと微笑む水無月学園長が立っていた。

 さらに、その横にはグラサン試験官もいる。


「まぁ、人生そう上手くはいかねぇさ」


 グラサン試験官はそう言うと、サングラスをクイッと上げる。


 その2人を見ると、二反田は必死にお願いした。


「お、俺を不合格にして良いから杉浦を合格にできないか!? 杉浦は凄い奴なんだ、俺なんかよりずっと!」


 しかし、水無月学園長は目をつむって首を横に振る。


「二反田さんは特待生でしょう? むしろこちらから『入学してください』とお願いしている立場です。貴方が不合格になるのは学園にとって不利益しかありませんよ」


 グラサン試験官も諭すように言った。


「漫画や映画じゃねぇんだ。不祥事でもねぇ限り合否結果が出てから加点したり、追加合格するなんてあり得ねぇ。諦めることだな」


 次に三島が腕を組んだままため息を吐く。

 そして、髪をいじりながら学園関係者の2人に話しかけた。


「最終試験は私が居たせいで杉浦は正常じゃありませんでした。試験はできるだけ公平であるべきですよね? 運悪く審査対象が知り合いだったなんて……やり直すべきじゃないですか?」


 三島らしくもない、無理な理屈をこねてそう言った。

 水無月学園長はそんな三島にも微笑みを崩さない。


「えぇ、確かに三島さんが杉浦さんをそうさせたのでしょうね。だから三島さんは最終試験で大きな"加点"がされました。アイドルの要であるファンの語源は『熱狂的』を意味する"ファナティック"から来ています。最終試験で杉浦さんという熱狂者ファンを作った貴方はアイドルとして高く評価され、最終試験であのような暴走をしたにも関わらず合格できたのですよ」


「――そして、もちろんその提案は通らねぇ。『試験官が合わねぇから変えてやり直してくれ』なんて言われてもいちいち変えるはずがねぇからな。頭を使ったようだが、"やり直し"もダメだ」


 三島が悔しそうに唇を噛むと、水無月学園長は残念そうにつぶやく。


「杉浦さんは合格まであとたったの"0.2点"でした。やはり、1次試験の点数の低さがネックでしたね」


 そんなやり取りを見ていて、一ノ瀬も手を上げた。


「あ、あの! 私、1次試験で杉浦君に助けてもらったんです! 1次試験の点数が低かったのは私の補助をしてくれていたせいなんです! だからその……な、何とかなりませんかね?」


 グラサン試験官はそんな一ノ瀬の言葉に関心を示しつつもピシャリと言った。


「そりゃ、良い心意気だ。だが、残念ながら採点項目に"アイドルを助ける"なんて無いからな。採点項目はその年度毎に試験官全員や水無月学園長からも承認を頂いてあらかじめ決められているんだ。プロデューサーの試験はそれに従わなくてはならん」


「そうですね、杉浦さんを見て来年からはあっても良いと思いましたが……今年は今年の採点基準で合否を出すしかありません」


「来年からじゃ意味ないでしょ。ほんっとにクソゲー」


 三島はそう呟いて舌打ちをする。


「……クソゲー、ですか。確かに言い得て妙ですね」


 水無月学園長はそんなことを言ってグラサン試験官に何やら意味深な視線を送った。

 グラサン試験官はゴホンと咳ばらいをする。


 俺は深呼吸をすると、この場にいる全員に向けて深く頭を下げた。


「みんなありがとう! そしてごめん……。俺の味方をしてくれるのは嬉しいけど、結果はもう出たんだ。俺は俺でこれから頑張るからさ! みんなは気にせず自分たちの合格を喜んで欲しい」


 俺の言葉に、三島は眉間にシワを寄せた。


「ふざけないでください。貴方が入学しないなら私だって――」


「ところで杉浦さん? 胸元に見えているハンカチ、とても素敵ですね!」


 三島の言葉を遮るようにして、水無月学園長が急にそんな話題を振ってきた。


「……へ? はぁ、ありがとうございます……」


 あまりの不自然さに俺は困惑しつつ返答する。


「ピンク、青、紫の3色が見えますが1枚をスリーピークス(ポケットから3つの山が覗く折り方)にしているのですか? カラフルなハンカチをお持ちなのですね」


「――あ、違いますよ。これは実際に3枚の色違いのハンカチが見えているんです。実はここにいるアイドルの3人からお守り代わりに1枚ずつ貸してもらっていまして。そうだ、これも後で返さないと……」


「あらあらまぁまぁ! それはそれはっ!」


 俺の返事を聞くと、水無月学園長は急に声色を上げた。

 そして、人差し指を立てながらプロデューサーの心構えを説く。


「入学試験の案内にも書いておきましたからね、スーツの胸ポケットからハンカチが見えるように出すこと……と。ハンカチは必須アイテムですから。見栄えが良くなりますし、泣いているアイドルにそっと差し出すのもプロデューサーの仕事です」


「あ、はい。そ、そうですね……?」


 俺が引き続き、気のない返事をしていると水無月学園長はグラサン試験官を肘で小突く。


「だ、そうですよ? 黒田さん?」


「……そうですか。じゃあ分かったのでもう良いんじゃあないですか?」


「まぁまぁ、せっかくですからこちらの事情もこっそりと話して差し上げましょうよ。まだまでは少しありますし」


 そう言うと、グラサン試験官は明らかに嫌そうな表情をした。

 そして、要領を得ない俺たちに水無月学園長は語り始める。


「実は、採点項目に今年度から『身だしなみ』を追加しまして、最終試験の際に確認しているのですが……これ"加点式"なんですよ」


「……はぁ」


「その中の1つ、『胸ポケットからハンカチが1枚、整った形で見えている』の得点が+0.1点なんです」


 水無月学園長はウキウキと話を続ける。


「本当は杉浦さんは0.2点足りずに不合格だったのですが黒田が異議を唱えまして。でも、異議を唱えたのに黒田ったら5分くらい黙り込んで何度も採点項目をチェックしだして……」


 黒田ことグラサン試験官は制止を求めるようにゴホゴホと咳をするが、水無月学園長のお喋りは止まらない。


「そして思いついたように、『杉浦の胸ポケットには3種類の色のハンカチが見えた。だったら、あと2枚入ってるんだから0.2点加算で合格点に足りるはずだ』とか言い始めたんです」


「――えぇ!?」


 ……な、なんて滅茶苦茶なことを。

 流石にそれは通らないでしょ。


「私たちももちろん無茶苦茶だと思いましたが、『身だしなみ』は今年度から追加した項目な上に加点も些細な程度なので抜けてしまっていたのですよ。"(※ただし、加点は重複しない)"という小さな、けれども大切な注意書きが」


 水無月学園長は誇張したようにグラサン試験官のモノマネをし始めた。


「黒田は『他の項目には書かれているのに、この項目には書かれていないということは加点は重複すると考えるのが自然。この採点項目は全員の承認が得られているはずです。例えミスだとしても、今年度はこの通りに採点しなければならない』と自分も承認したことを棚に上げて見事に言い放ったのです」


 グラサン試験官のとんでも屁理屈にその場の全員が呆気にとられていた。

 一休さんも「いや、そうはならんやろ」とツッコミそうだ。


「滅茶苦茶ですが、確かにスジは通っています。とはいえ、本当に杉浦君が胸ポケットに3枚もハンカチを入れているかは分かりませんでしたからね。学園長自らがここまで来て確認しに来たということです。さて――」


 そう言うと、水無月学園長はにっこりと笑った。


「お疲れ様でした。"これにて採点を終わります"」


 水無月学園長の言葉の意味を俺は考える。


「――ちょ、ちょっと待ってください……!? それで、結局どうなるんですか!?」


「三島さんの言う通り、今年度に限っては『ポケットに入れたハンカチの数だけ得点が増え続けるクソゲー』と化してましたね。もちろん、来年度には修正いたしますが」


「残念ながら、今年度はもう修正が効かねぇ。だから当然、採点項目に従うとになる」


 そう言うと、グラサン試験官はポケットから取り出した油性マジックで、広場に立ててある看板にキュッキュと音を立てて書き足した。


 俺の受験番号……『31』の文字を。


「うふふ、ハンカチが本当にお守りになったみたいですね。それは貴方が手を差し出したアイドル彼女たちからの信頼の証。得点にふさわしいと私は思いますよ」


「で、でもさっき……『合否結果が出てから加点したり、追加合格するなんてあり得ない』って……」


「あら? 連絡はしていたはずですよ? に結果を発表するって」


 ――キーンコーンカーンコーン。


 その直後、学校の鐘の音が鳴る。


 水無月学園長は俺たちから離れると、スタスタと歩いて受験生たちの前に出た。

 グラサン試験官はその横につく。

 そして、渡されたマイクで話しだした。


「たった今、定刻の午後4時になりました! 、合格者の受験番号が記された看板を掲示します!」


 水無月学園長の言葉を聞いて、ずっと黙っていた月読が笑う。


「あっはっは! なんだ~! そういうことか!」


 そして、俺の肩をバシバシと叩いた。


「発表されるのが少し早いと思ったんだよ! 看板の布が取られた時点ではまだ合否結果は出てなかったんだ! つまり、まだ採点中だったってこと! だから杉浦は合否結果が出る前に追加されたんだよ!」


「……てことは?」


 月読は俺の手をギュッと握った。


「杉浦、合格おめでとう! 一緒に学園生活を楽しもう!」


 その瞬間、一ノ瀬と雪華さんも満面の笑みで俺の手を握る。


「「合格、おめでとうございますっ!」」


 二反田も自分の事のように喜びながら俺に飛びついてきた。


「よ、よく分からないけどあのグラサンが番号書いたから受かったんだな! おめでとう杉浦! おめでとう!」


「あはは、違うよ。みんながくれたハンカチお守りのおかげ。それと、みんなが俺の合格を祈ってくれたからだよ」


「杉浦、泣いても良いんだよ? 君はハンカチをいっぱい持っているんだからさ」


 月読にそんな冗談を言われると、本当に俺の目からは涙が溢れてきた。

 泣き虫なのは隠しておきたかったのに……無理らしい。


 受かったのが嬉しいのもそうだけど。

 それ以上に俺の合格をみんながこんなに喜んでくれていることが、本当に嬉しかった。


「みんな……ありがとう! あと、三島も……!」


 三島はメソメソと泣いている俺の様子を見て、呆れた表情で大きなため息を吐く。


「なんだ、受かったんですか。まぁ、別にどうでも良いですけど……」


 雪華さんがそんな三島にこっそりと近寄る。


「三島さん、汗ダラダラですよ? 良かったら私のハンカチ使ってください!」


「……ありがとうございます」


 嵐山は遠くから俺が祝福されている様子をチラリと見ると、桜吹雪に吹かれながら1人校門から出て行った。



 ――こうして俺は、日本一の芸能高校。


 探星高校に何とか滑り込み合格を果たしたのだった。

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