第48話 その一歩は踏み出せない

【前書き】

引き続き、三島視点です。

―――――――――――――― 


(よし……殺そう。社会的に)


 杉浦とかいうこの冴えない男に下着を見られてしまった私、三島三言がそう考えるのは至極当然な流れだった。

 それらしい言い訳を言いつつ、杉浦という変質者は私に対して必死に命乞いをする。


「そ、そうだ! 俺アイドルプロデューサー志望だからさ! 何か困ってることとかない? 最終試験が始まるまでなら話聞くよ!」


 普段の私ならこんな提案は一笑に付している。

 しかし、頭に一つのアイデアが浮かんだ。


(蛇の道は蛇に聞くのが一番……頭がおかしい相談事は頭のおかしい彼に聞けば分かるかもしれませんね……というか私、相談できるような友達居ませんし)


「――話、聞いてください。困ってるんですから。お願いします、この通りです」


 そう考え直して、私の下着を見たことをネタに脅迫――もとい誠意に満ちたお願いをした。


 ◇◇◇


「――私、何してるんだろう」


 杉浦という男とテラスで30分ほど会話して、私は最終試験のダンスを練習しているレッスン室に戻ってきた。


『合格したら、『X』に会わせてやる』


 そんなできもしないことを約束させて、私はこのまま最終試験を受けることになってしまった。


(それにしても、熱心な変態でしたね……)


『俺はっ! お前がステージに立つところを見てみたいっ!』


 私の人生に口出しをしてくる人なんてこれまで居なかった。

 それくらい私は上手くいっていたし、そもそもそんなに踏み込ませるほどに周囲の人間に気を許したこともない。

 なのに、あいつはいきなりズカズカと言いたいことを言ってきた。


『もう少しワイルドに生きてみても良いんじゃないか? 自分勝手にというか』


(……そんなこと、分かってますよ。でも、踏み出すのが怖いんです)


 人生はヌルゲーだなんて心の中で言いながら、私は今の自分の地位を品行方正に築き上げてしまった。

 周囲からは羨望の眼差しを受けるし、両親に叱られたことも一度もない。

 今更失望させられない。

 だからこそ、私は真っすぐ歩く以外の足の動かし方を知らないのだ。


「あぁ、つまらない……なぁ」


 2言目にはいつもの口癖を言いながら私はさっき結成したグループのもとへと戻る。


 丁度、今から全員で合わせた踊りが始まるところだった。

 これが終わったら合流させてもらおうと思いつつ、私はせっかくなので全員の踊りとタブレットのお手本を見比べていた。

 ――すると、あることに気が付く。


(このダサい踊り。多分、ひっかけ問題だ)


 メンバーたちは気持ちよさそうに踊っているが、お手本の踊りは良く見るとタイミングが微妙に合わない。

 これは試験用に目立たない箇所でワザと変にズラして罠を仕掛けているのだろう。

 私は何かと疑り深い性格なので違和感に気が付くことができた。


 メンバーたちのダンスが終わったので、私は教えてあげることにした。

 このままじゃ、本番で全員減点されてしまう。


「あの、みなさん――」


 私が声をかけると、メンバーたちはクスクスと笑い始めた。


「あら? 三島さん、諦めたんじゃなかったの~?」

「まさか、今更練習に入れてくれなんて言わないよね?」

「30分も練習サボって、やる気ないんでしょ?」

「残念だけど、ダンスも素人の貴方に教えてる時間はないの。勝手にやって頂戴」


(……間違いを教えてあげたいだけなんだけど)


 そう思いつつ、この調子じゃ素人の私の意見なんか聞くわけないな……と考えた。


 結局、私は一人で勝手にダンスを覚えると試験開始時間までは『ライアー』の曲を聴いて待っていた。


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