第39話 俺が作った曲です…

 

「それで……水無月みなづき学園長。本日はどういったご用件でこちらに……?」


 グラサン試験官は額に汗を浮かべて尋ねる。

 こんな強面試験官にも怖い人はいるらしい。


 水無月と呼ばれた糸目の美少女――もとい、学園長は微笑みながら話を始める。


「そんなに怖がらないでくださいよ、もう貴方の黒歴史をほじくり返したりはしませんから。試験の邪魔をしてすみませんね」


 そう言いながら、候補者である俺たちを一通り見まわした。


「最終試験、私も審査に加わらせていただこうかと思いまして。なんて言ったって、アイドル課の方で特待生合格が出ましたから。きっとこちらにも優れた人材が隠れていると思います」


「で、ですが……いつもはそんなこと――」


「私の直感です。私の勘はよく当たるんですよ? 私はあくまでアドバイザー、採点には関わりませんのでご安心を」


「貴方の意見が採点に関わらんはずないでしょう……」


 水無月学園長が自信ありげに胸を張る一方、グラサン試験官は諦めたようにため息を吐く。

 そして、仕方なさそうに最終試験の案内を始めた。


「というわけで、大変光栄なことに学園長も試験官に加えての最終試験だ。俺みたいに弱みを握られないように、みんなは気を付けてくれ」


「あらあら、私に弱みを握られたい男性は意外と多いんですよ?」


 グラサン試験官は無視して話を進める。


「最終試験だけ、どうしてこんなに待たされたのかと疑問に思った奴もいると思うが……それはまたアイドルの候補生との合同試験だからだ」


 やっぱりか。

 プロデューサーとアイドルは切っても切れない関係だ。

 実際に関わらせて適性を図るのは理にかなっている。


「最終試験、アイドルたちはランダムに組んだ5人で即席のユニットを組んで課題曲を全員で踊ってもらう。そして――それを見て評価を下すのがお前たちの最終試験だ」


 プロデューサーの最終試験。

 それはアイドルたちのパフォーマンスに評価を下すこと。

 しかし、そんなことをしたら……


「安心しろ、アイドル達の試験の合否にお前たちの評価は関わらない。アイドルの方もちゃんと俺たちが見てる。ダメだと思ったら正直にダメな所と改善方法を言え。それがお前たちの試験だ」


 良かった、俺のせいで誰かが落ちたり受かったりなんてことはないらしい。

 流石にそこは試験としてちゃんと公平なようだ。


「そして、アイドルたちの課題曲だが――これだ!」


 そう言って、グラサン試験官は胸ポケットから小さなリモコンを取り出してスイッチを押した。

 すると、教室の四方にぶら下がっているスピーカーから軽快なダンスミュージックが流れる。


 音楽を聴いて、なんだか教室中がザワザワとしだした。

 そして、雪華さんが机を叩いて声を上げる。


「こ、これって『ライアー』の曲じゃないですか! 絶対に使用許可が取れない伝説の覆面音楽プロデューサーの!」


 水無月学園長は頷く。


「えぇ、やはり最終試験にふさわしい最高の音楽でやりたいと思いまして。こちらの曲で踊ってもらうことにしました」


「し、使用許可を取ったんですかっ!? 凄い! 探星高校が初めてじゃないですか!? もしかして、学校の関係者とか!?」


 グラサン試験官は呆れた表情でため息を吐く。


「雪華、もう少しお勉強するんだな。学校の入学試験などで使用する場合、他人の作品でも事前に著作権者の承諾を得ずに利用出来る。そう法律で定められているんだ」


 その話を聞くと、雪華さんはがっくしと肩を落とした。


「な、なんだぁ~。てっきり『ライアー』と何か繋がりがあるのかと思ったのに……」


 詳しそうだったので、俺はすぐ右斜め後ろに座っている雪華さんにヒソヒソと尋ねる。


「その……そんなに有名なのか? 『ライアー』は」


 すると、雪華さんは興奮した様子で俺の胸倉を掴む。


「何言ってるんですか! 神ですよ、神! 通称、神曲しか作れない男(女?)! 連絡先がどこにもないので、誰も楽曲を使用できないのですがそれでもみんな常識的に知っていますし聞いています! 私もイラスト描いてる時の作業BGMはずっと『ライアー』さんの曲ですよ!」


「雪華さん! 落ち着いて! 分かったから! なんで胸倉掴まれてるの俺ぇ!?」


 嵐山と月読も俺の様子を見て少し呆れる。


「おいおい、『ライアー』すら知らないのはかなり常識がねぇぞ」

「そうだね、杉浦。ダンスミュージックに革命を与えた新進気鋭のアーティストだ、知らないのはマズい」


 そして、雪華さんが俺の胸倉を掴んだままガクガクと揺さぶる。


「後で、『ライアー』の神曲を教えてあげますから! それ、全部聞くまで帰しませんからね!」


「わ、分かった! 分かったから! 雪華さん、首しまってるから!」


 俺は朦朧とする意識で考える……。


(し、知らなかった……)


 ようやく解放された俺は、乱れた襟を正すと、落ち着いてため息を吐いた。


(――まさか、俺が『ライアー』名義で個人サイトに投稿して放置してる曲たちが世間でそんな扱いになってたとは……)

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